日本では、抽象表現主義はしばしば「絵画の純粋性」を追究した運動として紹介されてきた。その背景にはクレメント・グリーンバーグの形式主義があり、日本では藤枝晃雄をはじめとする批評家たちがその思想を積極的に紹介した。

もちろん、その受容は決して誤りではない。戦後の日本にとって、「絵画とは何か」という根本的な問いは、新しい美術を考えるうえで重要な指針だった。作品を単なる技巧や趣味ではなく、思想や歴史と結び付けて考える姿勢は、日本の現代美術に大きな知的刺激を与えた。
ただ、その過程では一つの変化も起こった。
グリーンバーグが語った純粋性は、本来、近代絵画が歴史のなかでたどり着いた一つの仮説であり、絵画が自らの可能性を問い続けるための方法だった。しかし日本では、それがしばしば制作の「倫理」や「正しさ」として受け止められていく。

制作の前には、まず制作の根拠を語らなければならない。なぜ描くのか。なぜこの形式なのか。その問いに十分な答えを持たない表現は、どこか未熟なものとして見られやすくなった。
こうした姿勢は、多くの作家に深い思索を促した一方で、「まだ描いてはいけない」という空気を生み出した側面もある。作品より先に理由を求める文化は、ときに制作そのものをためらわせた。
また、素直に描くことのできる作家に対しても、「問題意識が足りない」「批評性が弱い」といった見方が向けられることがあった。描くことの喜びや、素材との対話、手を動かすなかで生まれる発見は、理論以前のものとして軽視される場面も少なくなかった。

もちろん、これは藤枝晃雄や抽象表現主義そのものの問題ではない。むしろ、日本には外から受け入れた思想を、文化として定着させる過程で「型」や「道」へと育てていく傾向がある。抽象表現主義もまた、そうした日本的な受容のなかで、「純粋性」という理念が制作の指針であると同時に、制作の規範としても機能するようになったのである。

しかし、ポロックやデ・クーニングの歩みを振り返ると、そこには別の姿が見えてくる。彼らは理論から絵画を始めたのではない。迷い、描き直し、失敗を繰り返しながら、自らの問いを見つけていった。思想は制作の前に完成していたのではなく、制作とともに形づくられていったのである。

近年では、こうした受容のあり方も少しずつ見直されている。思想は制作の前提ではなく、制作の過程から立ち上がることもある。描くことそのものが思考であり、手を動かすことが問いになるという考え方である。
抽象表現主義が残した本当の遺産は、「純粋性」という答えではなく、絵画をどこまでも問い続ける姿勢だった。その問いは、理論から始まってもよいし、描くことから始まってもよい。

制作とは、すでに持っている思想を証明することではない。制作とは、まだ言葉になっていない認識を、絵画という形式を通して発見していく営みでもある。抽象表現主義が私たちに残した遺産は、「純粋性」という結論ではなく、描くことそのものが思考であるという事実なのかもしれない。


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