アート

混ぜすぎた美術史 102 ~ヨーゼフ・ボイスとクリスト ─ 小籠包的カツカレー

世界を包む芸術 抽象表現主義は、絵画に含まれていたものを極限まで豊かにした。 色、絵具、身体、偶然、精神、時間。 一枚の画面のなかに、それらを全部入れてしまった。 しかし、その豊かさはやがて分解される。 ミニ...
アート

混ぜすぎた美術史 101 ~フルクサス ─ ポップコーンとコーラ、栄養?知りません

ミニマル・アートとコンセプチュアル・アートが、美術を成分分析していったとすれば、その横から突然、ポップコーンとコーラを持って入ってくる人たちがいた。 「栄養? 知りません。」 それがフルクサスだった。 1960年代初頭、...
アート

混ぜすぎた美術史 100 ~ミニマル&コンセプチュアルアート ─ 栄養機能食品としての美術

純粋性はなぜサプリメントになったのか 出典:Artpedia/ドナルド・ジャッド「無題」 抽象表現主義は、絵画という料理が最も豊潤になった瞬間だった。 そこには、絵具の物質感、作家の身体、制作の時間、無意識、精神性といっ...
コラム・アート概論

更新から編集へ ─ 飽和する社会と創造の転換 Ⅲ

異物との出会い ─ 成熟社会の創造性 抽象表現主義のあと、美術は終わらなかった。むしろ、かつてないほど多様になった。 ミニマル、コンセプチュアル、ポップ、ネオ・エクスプレッショニズム。それぞれ異なる方向へ進みながら、同じ問題に...
コラム・アート概論

更新から編集へ ─ 飽和する社会と創造の転換 Ⅱ

抽象表現主義という結節点 ─ 近代美術はどこで飽和したのか もし現代が「飽和」の時代だとすれば、美術はその状態をずっと以前に経験していた。その象徴が、第二次世界大戦後のアメリカで展開した抽象表現主義である。 一般には巨大なキャ...
コラム・アート概論

更新から編集へ ─ 飽和する社会と創造の転換 Ⅰ

飽和する社会 ─ なぜ「新しいもの」が生まれにくく感じるのか 「もう新しいものはない。」 近年、美術だけでなく音楽、映画、ファッションなど、さまざまな領域でその言葉を耳にするようになった。 出典:Artpedia/2026年の...
アート

混ぜすぎた美術史 99 ~フィリップ・ガストン

フィリップ・ガストン(1913–1980、カナダ/アメリカ) 絵画は再び世界へ帰る ─ 純粋性のあとに残ったもの フィリップ・ガストンは、抽象表現主義の中心にいながら、その成功から自ら離れていった画家である。 1950年...
アート

混ぜすぎた美術史 98 ~サイ・トゥオンブリー

サイ・トゥオンブリー(1928–2011、アメリカ) 線は考える前に生まれる ─ 文化と身体が再び混ざる絵画 サイ・トゥオンブリーの絵画を初めて見ると、多くの人は戸惑う。 画面には走り書きのような線があり、判読できない文...
アート

混ぜすぎた美術史 97 ~ジョアン・ミッチェル

ジョアン・ミッチェル(1925–1992、アメリカ)身体は風景を記憶する ─ 生きた時間が秩序へと生成する絵画 ジョアン・ミッチェルの絵画を初めて見ると、多くの人は、そのあまりにも生々しい画面に驚く。 そこには、あらかじめ設計...
アート

混ぜすぎた美術史 96 ~ヘレン・フランケンサーラー

ヘレン・フランケンサーラー(1928–2011、アメリカ) 色彩は呼吸する ─ 抽象表現主義を軽やかに開いた画家 ヘレン・フランケンサーラーは、抽象表現主義が到達した地点から、新しい絵画を切り開いた画家である。 彼女はジ...
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