難波田龍起(1905–1997、日本)
世界は響き続ける――生命が抽象になるとき
戦後日本の抽象絵画を語るとき、難波田龍起ほど自然と抽象を穏やかに結び付けた画家はいない。
若い頃は風景や樹木を描いていた彼は、自然を見つめ続ける中で、次第に対象の形を単純化し、やがて抽象絵画へと歩みを進めていく。しかし、その抽象は現実から離れるためのものではなかった。

その歩みの中で、《たたかいの日々》には時代の緊張感や生命の息吹が力強い線と色彩によって刻み込まれている。

そして《昇天》や《コンポジション》では、風や光、草木の揺らぎそのものが、画面を巡る線と色彩のリズムへと姿を変えていく。そこには明確な形はなくとも、世界が静かに呼吸し続ける気配が満ちている。


難波田が描こうとしたのは、目に見える風景ではない。風が木々を揺らし、光が空気を満たし、自然と人間が一つの世界の中で響き合う、その見えないリズムだった。線は物を囲むためではなく空間を響かせるために引かれ、色彩は物質を塗り分けるためではなく、画面全体に生命の律動を生み出している。
そのため彼の抽象は、幾何学的な秩序へ向かうことも、感情の激しい噴出へ傾くこともない。自然を見つめ続けた身体の感覚が、ゆっくりと抽象へ姿を変えたのである。世界は消えるのではない。より深いところで、線や色彩として生き続ける。

戦後、日本ではアメリカの抽象表現主義やヨーロッパのアンフォルメルが大きな影響を与えた。難波田もそうした新しい抽象表現を受け止めながら制作を続けたが、彼の関心は自己の感情を激しく表出することよりも、自然や風土の中に息づく生命のリズムへ向けられていた。

世界的な抽象の潮流と響き合いながらも、その絵画には日本の風土に根差した詩情が静かに流れている。山や川、樹木や風といった具体的な姿は見えなくなっても、その息遣いや時間の流れは画面の奥で生き続けているのである。

難波田龍起は、具象と抽象、自然と精神を一つへ統一しようとはしなかった。彼はそれらを一枚の皿の上に、風や光、生命のリズムが互いに響き合うよう静かに盛り付けた画家だったのである。そしてその絵画は、世界を理解することよりも、世界の呼吸に耳を澄まし、その響きとともに生きることの豊かさを教えてくれるのである。




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