マイルス・デイヴィス(Miles Davis)の『ドゥー・バップ(Doo-Bop)』を聴いていると、ジャズとヒップホップという二つの音楽が融合したというより、二つの「場所」が重なっているように感じる。
1992年に発表されたこのアルバムで、マイルスは イージー・モー・ビー(Easy Mo Bee)のヒップホップ・ビートの上でトランペットを吹いている。

ここで重要なのは、モー・ビーがマイルスの演奏をサンプリングしてビートを作ったわけではないことだ。
先にビートがあり、そこにマイルスが演奏を重ねている。
これは、初期ヒップホップのサンプリングとは少し逆の構造だ。
ヒップホップでは、それまで存在していた音源を切り取り、並べ替え、ループさせることで新しい音楽をつくってきた。
ところが『ドゥー・バップ』では、ヒップホップ側が「場所」を用意し、その上にマイルスが入ってくる。
言ってみれば、これは “カラオケ・ヒップホップ” なのだ。

ただし、マイルスがやっていることは、単にヒップホップのビートに合わせてトランペットを吹くことではない。
もっと面白いのは、ラップの代わりをトランペットでやろうとしていることだ。
ヒップホップでは、ビートの上にラッパーが入り、言葉によってリズムと人格を立ち上げる。ラップは単なる歌ではなく、声そのものがビートの一部になり、その人間の存在や街の空気まで持ち込む。
『ドゥー・バップ』でマイルスのトランペットは、その場所を引き受ける。
言葉の代わりに音でしゃべる。
ビートの上にトランペットを置き、ラッパーのようにフレーズを刻み、間をつくり、ビートとの距離を変えていく。
つまりマイルスは、ヒップホップをジャズ風に演奏しているのではない。
ヒップホップにおける「ラップの場所」を、トランペットで占めようとしている。
だから “カラオケ・ヒップホップ” という言葉も、既製のビートに演奏を乗せるという意味を超えてくる。
モー・ビーがヒップホップの舞台をつくり、そこに本来ならラッパーが立つ。

しかし、そこに立つのはマイルスだ。
しかも彼は、言葉ではなくトランペットでラップする。
ここで一つ、重要なことがある。
「切って編集する」という制作方法そのものは、マイルスにとって決して新しいものではなかった。
むしろマイルスは、ヒップホップが生まれるよりずっと前から、録音された音を編集する音楽の最前線にいた。
1969年の『ビッチズ・ブリュー(Bitches Brew)』では、テオ・マセロが長時間にわたる演奏をテープで切り、つなぎ、異なる部分を組み合わせながら作品をつくっている。

1972年の『オン・ザ・コーナー(On the Corner)』では、そのスタジオ編集や音の操作がさらに重要な役割を担う。

つまりマイルスの音楽では、「演奏したものが、そのまま作品になる」という考え方はすでに崩れていた。
演奏も録音も素材になる。
そして、素材をどう切り、どう並べ、どう関係づけるかによって作品が生まれる。
これは、後のヒップホップと非常に近い感覚を持っている。
ヒップホップが1970年代初頭に生まれたとき、DJたちは既存のレコードからブレイクを選び、二台のターンテーブルでつなぎ、繰り返し、そこに新しい身体を置いていった。
マイルスとヒップホップは、別々の場所で「編集」という可能性に接近していたのである。
しかし、両者には大きな違いがある。
マセロが編集していたのは、基本的にはマイルスのための音だった。
マイルスが演奏し、マセロが録音を編集し、それがマイルスの作品になる。
編集は、マイルスの音楽をつくるための制作工程だった。

ところがヒップホップでは、編集の対象が他人の音源へと広がっていく。
誰かが演奏したレコードを、自分の音楽の素材として使う。
ここで「編集する」という行為の意味が変わる。
自分の演奏を編集することから、他人の演奏を編集することへ。
編集は、作品の内部にある工程から、作品そのものをつくる方法へと変わっていく。
この違いを考えると、『ドゥー・バップ』の意味がさらに見えてくる。
マイルスは、もともと編集という方法を知っていた。
だから、ヒップホップから「編集」を教わったわけではない。
面白いのは、編集される場所と、編集する人間が変わったことなのだ。
マイルスは長いキャリアのなかで、若い才能を集め、新しい音楽を生み出す「学校」のような存在だった。
チャーリー・パーカーのもとで学んだ経験を出発点に、やがて自分のバンドからウェイン・ショーター、ハービー・ハンコック、トニー・ウィリアムス、ロン・カーターなど、後のジャズを変えていく若い音楽家たちを送り出していった。

マイルスは、才能のある人間を自分の場所に呼び込み、その才能を組み合わせることで、自分自身の音楽も更新していった。

しかし『ドゥー・バップ』では、その関係が変わる。
今度はマイルス自身が、若い世代の場所へ入っていく。
しかも、最初からイージー・モー・ビーが決まっていたわけではない。
複数の若いヒップホップ・プロデューサーの音を聴き、そのなかからマイルスが自分の相手を選んだ。
つまり、マイルスは自分の「学校」に若者を呼んだのではない。
自分が変わるために、若者たちの場所へ入っていった。
ここには、マイルスのもう一つの特徴が表れている。
彼は音楽だけでなく、自分自身の姿も変え続けた。
1960年代後半、ベティ・メイブリーとの出会いをきっかけに、服装、髪型、ステージ上の身体の見せ方まで大きく変えていく。

それは単なるファッションではなかった。
エレクトリック化していく音楽とともに、マイルスという人物そのものの見え方が変わった。
マイルスは、新しい音楽をつくるだけではなく、自分自身を新しい環境に合わせて着替えることができた。

『ドゥー・バップ』では、その「着替え」がさらに進んでいる。
マイルスが新しい服を自分で選ぶのではない。
自分の衣装を、他人に選ばせている。
イージー・モー・ビーのビートは、マイルスがこれまで自分でつくってきた音楽とは異なる環境だった。

その環境に身体を置き、そこでトランペットを吹く。
そして、そのトランペットはラップのようにビートの上で機能する。
だから『ドゥー・バップ』のマイルスには、どこか不思議な距離感がある。
ビートは都市のように淡々と動き続ける。
その上でマイルスのトランペットが鳴る。
しかし、ビートに完全に溶け込むわけでもない。
むしろ、少し離れた場所から都市を眺めているように聴こえる。
ここには、後のヒップホップ、とりわけ南部ヒップホップやトラップにある都市の孤独にもつながる感覚がある。

同じビートが繰り返される。
街は動き続ける。
しかし、そのなかにいる人間は孤独である。
『ドゥー・バップ』は、マイルスがヒップホップを完全に理解した作品というより、異なる世代の場所に身体を置き、その場所で自分の楽器の役割まで変えようとした作品として聴くほうが面白い。
そして、ここからもう一度「編集」に戻ってくる。
『ドゥー・バップ』では、マイルスがヒップホップの場所へ入り、ラップの場所をトランペットで引き受けた。

しかし、その後のヒップホップや現代音楽では、今度はマイルスの音そのものが外部から編集される素材になっていく。
ここで起こっているのは、マセロとの違いだ。
マセロはマイルスの作品を内部から編集した。
ヒップホップのプロデューサーたちは、マイルスの録音を外部から取り出し、自分たちの音楽のなかに置く。
つまり、
編集そのものが新しくなったのではない。
編集する場所が変わった。
マイルスはすでに「編集される音楽家」だった。
しかしヒップホップによって、その編集がマイルスの作品の内部から外部へ広がったのである。
そして、ここでマイルスのトランペットは面白い位置に置かれる。

『ドゥー・バップ』ではラップの代わりをしていたトランペットが、今度はラップのようにサンプリングできる「声」になる。
切り取ることができる。
ループできる。
別のビートに乗せることができる。
別の音と会話させることができる。
かつてマイルス自身が身体を使って発していた「声」が、今度は他人の音楽の素材になる。
そして、この関係をさらに鮮明にしたのが、ロバート・グラスパーの『エブリシングス・ビューティフル(Everything’s Beautiful)』だった。

グラスパーはマイルスの過去の録音を切り取り、別の演奏やビート、現代的なR&Bのサウンドと組み合わせていく。
ところが、そこで生まれる音は必ずしも典型的なヒップホップではない。
むしろ、メロウなR&Bやネオソウル、現代ジャズのように聴こえる。
ここが面白い。

ヒップホップ的な編集方法を使って、ヒップホップではない音楽をつくっている。
そして、それによってマイルスをもう一度ジャズへ戻している。
ただし、昔のジャズへ戻すのではない。
ヒップホップや現代R&Bを一度通過したうえで、マイルスを現在のジャズ/R&Bの環境へ戻している。
『ドゥー・バップ』と『エブリシングス・ビューティフル』を並べると、この往復運動が見えてくる。
『ドゥー・バップ』では、マイルスがラップの場所をトランペットで引き受け、ヒップホップの場所へ入った。
『エブリシングス・ビューティフル』では、ヒップホップが広げた編集の感覚によって、そのトランペットを含むマイルスの音が切り取られ、組み替えられ、再びジャズ/R&Bの現在へ戻ってくる。

しかも、戻ってきたマイルスは、以前のマイルスではない。
切り取られ、組み替えられ、別の音と関係づけられたマイルスである。
ここでは、マイルスの音楽だけが編集されたのではない。
「マイルスという創作者と、その作品との関係」そのものが編集されている。
マイルスは長いキャリアのなかで、若い音楽家を集め、彼らを変えながら、自分の音楽も変えてきた。
そして、テオ・マセロによって、自分の演奏そのものが編集されることもすでに経験していた。

しかし晩年になると、自分自身が若い世代の場所へ入り、そこで自分の楽器の役割まで変える。
そしてその先では、今度は自分の録音そのものを、外部の次の世代に編集させる。
「自分が人を変える」から、
「自分が変わるために他人の場所へ入る」へ。
さらに、
「自分自身が他人によって編集される」へ。
ここでマイルスのキャリアは、一本の線としてつながってくる。
『ビッチズ・ブリュー』では、演奏が編集される。
『オン・ザ・コーナー』では、スタジオそのものが楽器のようになる。
ヒップホップでは、既存の録音そのものが素材になる。
『ドゥー・バップ』では、マイルス自身がヒップホップの場所へ入り、ラップの場所をトランペットで引き受ける。
そしてその後、マイルスの録音はさらに外部から編集され、グラスパーによって現在のジャズ/R&Bへ戻される。

これは「新しいものをつくる」という話だけではない。
すでにあるものを、別の場所に置き直すことで、新しい意味を生み出すこと。
マイルスは、編集という方法をヒップホップから初めて学んだのではない。
むしろ彼は、ヒップホップが生まれる前から編集の可能性を実践していた。
だからこそ、ヒップホップとの出会いは面白い。
マイルスはヒップホップによって「編集」を知ったのではなく、自分がすでに知っていた編集という方法を、別の世代、別の場所、別の主体へと渡していった。
そして最後には、自分自身がその編集の素材になる。
マイルスは最後まで、自分自身を着替え続けた。
そして最後には、自分自身さえも、次の世代が編集できる音になったのだ。

デイヴィッド・ホックニー ― 視覚を編集し、時間を描く
デイヴィッド・ホックニーというと、鮮やかな色彩や、カリフォルニアの明るい風景を思い浮かべるかもしれない。
しかし、彼の仕事を長く追っていくと、もっと一貫した問題が見えてくる。
「見る」とは、どういうことなのか。
ホックニーは、一つの視点から世界を写し取ることに満足しなかった。

1980年代の「ジョイナー(Joiner)」と呼ばれる写真作品では、一つの場所を何枚もの写真に分けて撮影し、それらを一つの画面に組み合わせている。
代表作《パールブロッサム・ハイウェイ 11-18 April 1986(Pearblossom Hwy.11–18th April 1986)》では、道路や標識、風景が細かな写真の集合体として構成される。

一見すると、キュビスムのように一つの視点を解体した作品に見える。
しかし、写真を一枚ずつ撮っている以上、そこにはわずかな時間差がある。
同じ場所を見ていても、写真を撮った瞬間は同じではない。
つまりホックニーは、一つの空間の中に複数の視点だけでなく、複数の時間も持ち込んでいた。
視覚を編集することは、時間を編集することでもあった。
そして晩年、ホックニーはiPhoneやiPadを使い始める。

ここで、彼の制作はさらに面白くなる。
iPadでは、描いた線や色がそのまま制作の履歴として残る。
そしてホックニーは、その制作過程を動画として見せることがある。
完成した絵だけではない。

絵が生まれていく時間そのものを作品の一部として見せる。
一本の線が現れる。
次の線が重なる。
色が置かれる。
風景が少しずつ立ち上がっていく。
それは「制作過程の記録」というより、むしろ描く行為そのものを再生することに近い。

ここで、初期の写真作品との関係が反転する。
写真では、
複数の瞬間 → 一つの画面
だった。
iPadでは、
一つの画面 → 複数の瞬間
になる。
ホックニーは、視点を編集していた画家から、時間を編集する画家へ変わっていく。
面白いのは、彼が新しい技術によって過去を捨てたわけではないことだ。
写真、ポラロイド、ファックス、ビデオ、コンピューター、iPhone、iPad。
ホックニーは、その時々の新しい道具に入っていく。
しかし、やっていることはいつも似ている。
世界の見え方を変えるために、見るための環境そのものを変える。

これは、晩年のマイルス・デイヴィスにも少し似ている。
マイルスはジャズという完成されたスタイルの中に閉じこもらず、イージー・モー・ビーのつくったヒップホップのビートの上に自分を置いた。
『ドゥー・バップ』で重要なのは、マイルスがヒップホップになったことではない。
マイルスが、自分の音が置かれる環境を変えたことだ。
ホックニーも同じように、iPadという新しい環境に自分の絵を置いた。
その結果、これまで静止画として扱ってきた絵画に、制作の時間が入り込んだ。
ここには「新しい技術を使う」という以上のものがある。
完成したスタイルを守るのではなく、自分自身を別の環境に置いてみる。
すると、過去には見えていなかった問題が、別の形で現れてくる。

ホックニーにとって、iPadは単なる新しい画材ではなかった。
それは、絵画を時間の中に戻す装置だったのかもしれない。
そして、そこで描かれる線は、完成作品へ向かうための単なる手順ではない。
線が生まれる。
次の線がそれに反応する。
画面が変わる。
また次の線が生まれる。
その連続そのものが、絵になっていく。
見ることを編集してきた画家が、最後には描く時間そのものを編集する。

ホックニーの晩年の面白さは、そこにある。
新しいものへ「更新」したのではない。
自分が長い間考えてきたことを、新しい環境にもう一度投げ込んだ。
そのとき、過去の問題が別の時間を持って立ち上がってくる。
絵画は、完成した一枚の画面だけではない。
そこに至るまでの時間もまた、絵画になり得る。
ホックニーは、そのことをiPadという極めて現代的な道具によって、もう一度発見している。

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