ナズ(Nas)とDJプレミア(DJ Premier)による『ライト-イヤーズ(Light-Years)』を聴いていて面白いのは、懐かしさよりも新鮮さだった。

もちろん、そこには『イルマティック(Illmatic)』を思わせるものがある。
プレミアのサンプリング、ジャズやソウルの断片、乾いたドラム、スクラッチ。そしてナズの声。
それなのに、30年前の焼き直しには聞こえない。
『イルマティック』の音には、もっと湿った暗さがあった。低く沈んだサンプル、埃っぽいドラム、夜のニューヨーク。そこには90年代という時代の空気だけでなく、「後がない」ような凄みがあった。

若いナズには、自分が何者なのかを証明しなければならない切迫感がある。だから、一つ一つの言葉が強い。

一方、『ライト-イヤーズ』には、もっと抜けのいい空気がある。
30年を生きたナズとプレミアには、膨大な引き出しがある。
だからこそ、すべてを使う必要がない。
知っていることが増えたから、使わないものを選べる。
そこに成熟した表現の強さがある。

それでも、この二人が過去の「ナズ×プレミア」という型を再現しているようには聞こえない。
二人とも、クリシェやルーティーンから作品を組み立てていないからだと思う。
そのときのビート、そのときの声、その瞬間に出てくる言葉。
音と音、人と人が出会ったときの新鮮さを優先している。
だから、自分たちの強烈な語彙を持ちながら、その語彙に支配されない。
“N.Y. ステイト・オヴ・マインドPt. 3(N.Y.State of Mind Pt. 3)”も象徴的だ。
『イルマティック』では、冒頭のSEがニューヨークという世界へ入っていく入口のように置かれていた。ところが30年後の「Pt. 3」では、同じような音が終わりに現れる。
さらにビリー・ジョエル(Billy Joel)の「ニュー・ヨーク・ステイト・オヴ・マインド」が重なる。

1976年のビリー・ジョエル、1994年のナズ、そして現在のナズ。
ここではサンプリングが、過去の音を借りるだけではなく、時間そのものを編集する方法になっている。
『イルマティック』では過去の音楽がナズの現在を深くした。
『ライト-イヤーズ』では、そこにナズ自身の過去まで加わっている。
成熟とは、型を捨てることではない。
型を持ったまま、型から自由になること。
30年前の自分を再現するのではなく、30年分の経験を持ったまま、もう一度新しい音に出会う。
『ライト-イヤーズ』は、過去への帰還ではない。
30年の時間を背負った二人が、もう一度、初めて出会うための音楽なのだ。

デイヴィッド・スミス ─ 時間を積み、最後に形を削る
デイヴィッド・スミスは、もともと画家だった。
しかし1930年代、溶接によって鉄を組み合わせる彫刻に出会う。自動車工場で得た溶接の技術も、やがてそのまま芸術の方法になった。

スミスは彫刻を、量塊のある「物体」ではなく、空間に描くドローイングとして考えていった。
初期から中期にかけて、拾った鉄片や機械部品、農具などを組み合わせ、《アグリコラ(Agricola)》や《タンクトーテム(Tanktotem)》のような作品をつくる。


素材と出会い、試し、組み合わせ、その経験を次の作品へ持っていく。
その積み重ねの先に、晩年の《キューブ(Cubi)》がある。
そこでは、形は驚くほど単純になる。
立方体、円筒、直方体。
それらを溶接し、磨き、表面に傷を残す。
しかし、単純になったからといって、表現が減ったわけではない。
それまでに積み上げてきた経験が、少ない形の中に圧縮されている。
《キューブ》のステンレス面は、周囲の光や天候によって見え方を変える。幾何学的な形でありながら、完全に固定された物体ではない。

ここが、ナズの『イルマティック』から『ライト-イヤーズ』への変化と重なる。
『イルマティック』には、若いナズの切迫感がある。
ニューヨーク、ストリート、過去の音楽、言葉、経験。
持っているものを、とにかく全部叩き込むような強さがある。
それに対して『ライト-イヤーズ』には、もっと余裕がある。
ナズには30年分の経験があり、DJプレミアにも膨大な音楽の記憶がある。
だから、全部を使う必要がない。
必要なものだけを置く。
経験が増えると、作品は複雑になるとは限らない。
経験が増えたからこそ、少ないものでも成立する。
そして、スミスにはもう一つ重要なところがある。

《ハドソン川の風景(Hudson River Landscape)》は、列車から見た風景を何度もドローイングし、それらを一つの彫刻へと凝縮した作品だった。10回の往復で描いたものが、一つの作品へと統合されている。
これは、時間をそのまま再現するのではなく、時間を一つの形に圧縮するということだ。

『ライト-イヤーズ』も同じではないか。
『イルマティック』をもう一度つくるのではない。
30年前の音をそのまま再現するのでもない。
30年間のナズとプレミアを経たあとで、二人が現在の場所からもう一度音をつくる。
だからそこには『イルマティック』の記憶があるのに、『イルマティック』そのものではない。
過去が、現在の形に圧縮されている。


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