混ぜすぎた美術史 92 ~マーク・ロスコ

アート

マーク・ロスコ(1903–1970、ラトビア/アメリカ)

色彩は、見る時間をつくる ― 絵画という場の発明

マーク・ロスコは、抽象表現主義を代表する画家であり、クレメント・グリーンバーグの形式主義とも深く結び付けられてきた作家である。しかし、ロスコ自身が目指していたものは、「純粋な抽象」ではなかった。

出典:Artpedia/マーク・ロスコ「地下鉄の入り口」

若い頃のロスコは、人物や都市、神話を題材とした具象的な作品を描いていた。それらは次第に単純な色面へと還元されていくが、それは現実を捨てるためではない。言葉や物語を超え、人間が根源的な感情と向き合うための絵画を求めた結果だった。

出典:Artpedia/マーク・ロスコ「自画像」

彼は「私は抽象画家ではない」と語っている。悲劇や恍惚、死や運命といった、人間の根源的な感情こそが自分の主題であり、色彩はそのための手段だったのである。

出典:Artpedia/マーク・ロスコ「海辺でゆっくり渦巻く」

ロスコの画面は、大きな色面が静かに重なっているように見える。しかし近づくと、その境界は驚くほど曖昧である。何層にも薄く重ねられた絵具は、光を内側から発しているかのように揺らぎ、見る人の呼吸や身体の動きによって表情を変えていく。

出典:Artpedia/マーク・ロスコ「No.7」

彼は作品を見る距離や照明、展示空間にも強い関心を持っていた。絵画は壁に掛けられた物ではなく、人が静かに向き合うための「場」だったのである。

出典:Artpedia/マーク・ロスコ「オレンジ・アンド・イエロー」

こうした探究は、グリーンバーグが唱えた「絵画の純粋性」とも重なり、ロスコはその代表的な画家として語られるようになった。しかし、その評価は必ずしも彼自身の考えと一致していたわけではない。

出典:Artpedia/マーク・ロスコ「No.9」

グリーンバーグが色彩や平面性を近代絵画の到達点として評価したのに対し、ロスコが求めていたのは、絵画を通して人間存在そのものへ触れることだった。彼にとって純粋性とは形式の問題ではなく、感情や精神をどこまで直接伝えられるかという問いだったのである。

出典:Artpedia/マーク・ロスコ「ラスト・アンド・ブルー」

その姿勢は、1958年に依頼された《シーグラム壁画》にも表れている。高級レストランのために制作を始めながら、その空間では作品が本来の意味を失うと考え、契約を破棄した。ロスコにとって重要だったのは作品そのものではなく、作品がどのような環境で、どのような態度によって見られるかだった。

出典:Artpedia/マーク・ロスコ「シーグラム壁画」

晩年になると作品は次第に暗い色彩へと向かい、1970年、彼は自ら命を絶つ。しかし、その出来事を作品の意味へ直接結び付けることはできない。病気や家庭の問題など、さまざまな事情が重なっていたことも知られている。

出典:Artpedia/マーク・ロスコ「シーグラム壁画」

それでも最後まで変わらなかったのは、「人は絵画の前で何を感じるのか」という問いだった。

今日では、巨大な映像空間や没入型インスタレーションによって、人を包み込む体験そのものは珍しいものではなくなった。技術だけを比べれば、色彩空間という発想はすでに更新されているとも言える。

出典:Artpedia/マーク・ロスコ「礼拝堂」

しかし、ロスコが発明したものは、没入感そのものではない。

彼の絵画には、分かりやすい物語も派手な演出もない。ただ色彩だけが静かに存在している。その前で立ち止まるのか、通り過ぎるのか、どれだけ時間をかけるのかは、すべて観る人に委ねられている。

ロスコは感動を演出したのではない。「見る」という行為そのものを作品の一部にしたのである。

その意味で、彼の作品は単なる色面抽象ではない。作品、空間、光、時間、そして観る人の意識が一つになって初めて成立する環境だった。

出典:Artpedia/マーク・ロスコ「No.14」

ロスコが残した最大の遺産は、色彩の美しさではない。絵画とは情報を伝えるための媒体ではなく、人が自ら立ち止まり、世界と静かに向き合う時間を生み出すことができるという発見だった。 彼が発明したのは、新しい色彩ではない。新しい鑑賞者だったのである。

出典:Artpedia/マーク・ロスコ「No.14」

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