混ぜすぎた美術史 88 ~ハンス・ホフマン

アート

ハンス・ホフマン(1880–1966、ドイツ/アメリカ)

平面は、呼吸する──「押し引き」が生んだ絵画空間

ハンス・ホフマンは、抽象表現主義を語るとき、しばしば優れた教育者として紹介される。しかし彼の本当の功績は、絵画そのものの可能性を大きく押し広げたことにある。

出典:Artpedia/ハンス・ホフマン「門」

若い頃のホフマンはパリでピカソやブラック、マティスらと交流し、キュビスムやフォーヴィスムが生まれる瞬間を間近で経験した。その後アメリカへ渡ると、ヨーロッパ近代絵画の成果を単に継承するのではなく、そこへ身体の感覚と制作の実感を持ち込むことで、新しい抽象表現へと発展させていく。

出典:Artpedia/ハンス・ホフマン「サードハンド」

彼が提唱した「Push and Pull(押し引き)」は、遠近法に頼らず、色や形の緊張関係だけで空間を生み出す考え方として知られている。暖色は前へ、寒色は後ろへ、強い色は迫り、弱い色は退く。平面でありながら、画面のなかには前後や密度の違いが生まれ、色彩そのものが空間をつくり出すのである。

しかし、ホフマンの作品を実際に見ると、「押し引き」は単なる空間理論ではないことに気づく。

一見すると画面には矩形が整然と配置されているように見える。しかし近づいてみると、その輪郭は一度で引かれた線ではなく、何度も描き直され、わずかに震えている。色面の境界も完全には揃わず、厚く重ねられた絵具には、ためらいや修正の痕跡が残されている。

出典:Artpedia/ハンス・ホフマン「そびえ立つ広さ」

つまり、そこにある矩形は完成された幾何学図形ではない。

「ここだ」と決めようとする意識と、「まだ違う」という身体の感覚が何度もせめぎ合った末に、ようやく画面へ定着した形なのである。

この点でホフマンは、モンドリアンとは大きく異なる。

モンドリアンの線は、普遍的な秩序へ向かって決定されていく。画面全体は均衡という一つの理念へ収束していく。

出典:Artpedia/ピエト・モンドリアン「コンポジション」
出典:Artpedia/ハンス・ホフマン「黄金の壁」

それに対してホフマンの矩形は、均衡へ向かいながらも最後まで揺れ続ける。画面は完成した構造ではなく、構造が生まれようとするプロセスそのものを抱え込んでいる。

そのため作品には、モンドリアンやマレーヴィチの幾何学的抽象を思わせる構成がありながら、そこへ情動や衝動が絶えず流れ込んでいる。厚く置かれた絵具、激しくぶつかる色彩、不規則に配置された矩形は、理性だけでは整理しきれない生命感を帯び、平面全体を呼吸させている。

出典:Artpedia/ハンス・ホフマン「春分」

現在の視点から見ると、その画面にはニコラ・ド・スタールにも通じるような重量感や物質感を感じることができる。色面は単なる形ではなく、押し合い、反発し、互いを支えながら存在している。ホフマンが求めた空間とは、幾何学によって構築された静的な秩序ではなく、色彩同士が生き物のように関係を結び続ける動的な空間だったのである。

出典:Artpedia/ニコラ・ド・スタール「風景」

だからこそ、彼の「Push and Pull」は単なる前後空間の理論ではない。

それは、秩序を求める意識と、それを揺さぶる身体との押し引きでもあった。

出典:Artpedia/ハンス・ホフマン「統合壁」

制作とは、あらかじめ用意された理論を画面へ当てはめることではない。画面の前で手を動かし、「まだ違う」という感覚に何度も立ち返りながら、ようやく一つの形へ到達していく営みである。ホフマンは、その最後の判断を理論ではなく、絵画そのものの手応えへ委ねていた。

彼が示したこの態度は、その後の抽象表現主義を大きく方向づけることになる。

出典:Artpedia/ハンス・ホフマン「作品」

ポロックは画面全体へ身体の運動を解放し、デ・クーニングは描くことと壊すことを往復し、ロスコは色彩を精神的な空間へ変えた。それぞれ表現は異なるが、画面のなかで出来事が生成し続けるという考え方は、ホフマンの「押し引き」の延長線上にある。

ホフマンは抽象表現主義の中心人物というより、その舞台そのものを設計した画家だった。

彼の絵画は、平面が単なる支持体ではなく、色彩と身体、理性と情動、決定と保留がせめぎ合う場となり得ることを示した。そして、その画面に残されたわずかな揺らぎは、どれほど優れた理論や技法だけでは到達できない、制作という行為そのものの確かさを静かに物語っている。

出典:Artpedia/ハンス・ホフマン「ポンペイ」

コメント

タイトルとURLをコピーしました