混ぜすぎた美術史 89 ~ジャクソン・ポロック

アート

ジャクソン・ポロック(1912–1956、アメリカ)

身体は、絵筆になる ― 絵画が重力を描いた瞬間

ジャクソン・ポロックは、絵画の歴史のなかでも、最も劇的な飛躍を遂げた画家の一人である。

出典:Artpedia/ジャクソン・ポロック

現在では床に広げたキャンバスへ絵具を滴らせる「ドリッピング」で知られている。しかし、その表現は最初から生まれたものではなかった。

出典:Artpedia/ジャクソン・ポロック「西へ向かう」
出典:Artpedia/ジャクソン・ポロック「シーウルフ」

初期の作品には、ピカソやミロ、メキシコ壁画運動、シュルレアリスムなどの影響が複雑に重なり、動物とも抽象ともつかないイメージが渦巻いている。画面には強いエネルギーがある一方で、何を描くべきかを模索する葛藤も色濃く残っている。

出典:Artpedia/ジャクソン・ポロック「自画像」

ドローイングや自画像からも、その不安定さは伝わってくる。そこには天才の自信というより、自分の身体や精神を何とか画面へ定着させようとする切迫感がある。線は執拗に反復され、ときに強迫的なほど画面を埋め尽くしていく。

出典:Artpedia/ジャクソン・ポロック「自画像」

批評家クレメント・グリーンバーグは、こうした初期作品を高く評価した。それは完成度の高さではなく、画面が「汚くなること」を恐れず、絵画そのものを前へ進めようとする姿勢だった。秩序よりも生成を優先するその態度に、彼は近代絵画の新しい可能性を見出したのである。

出典:Artpedia/ジャクソン・ポロック「男と女」
出典:Artpedia/ジャクソン・ポロック「壁画」

そして一九四七年前後、ポロックは大きく飛躍する。

キャンバスを壁から床へ移し、その周囲を歩きながら、筆だけでなく棒や缶を用いて絵具を垂らし、跳ねさせる。画面には中心も上下もなくなり、どこまでも広がるような構造が生まれた。この「オールオーヴァー」と呼ばれる画面では、一筆一筆が主役ではなく、無数の痕跡が等価に存在している。

出典:Artpedia/ジャクソン・ポロック「フル・ファズム・ファイブ」

重要なのは、これは偶然に絵具を撒き散らしたのではないということである。

ポロックは絵具の粘度、身体の速度、重力、腕の軌道を繊細に制御しながら制作していた。画面に残された線は、身体の動きそのものではなく、身体と物質が出会った時間の記録なのである。

出典:Artpedia/ジャクソン・ポロック「秋のリズム」

この飛躍は、グリーンバーグが唱えた「絵画は平面そのものを探究する」という理論とも見事に重なった。画面はもはや何かを描写する窓ではなく、絵具と支持体だけによって成立する一つの現実となった。

出典:Artpedia/ジャクソン・ポロック「ラベンダーミスト」

しかし、その革新は理論だけでは説明できない。

ポロックが発見したのは、構図を放棄することではなく、構図を身体へ委ねるという新しい方法だった。描くという行為そのものが作品の構造になる。その瞬間、絵画はイメージではなく、出来事を定着させる媒体へと変わったのである。

出典:Artpedia/ジャクソン・ポロック「インディアンレッドの地の壁画」

その後のパフォーマンス・アートやプロセス・アート、さらには身体表現を重視する現代美術まで、多くの表現がこの発見を受け継いでいく。

出典:Artpedia/ジャクソン・ポロック「ブルーポールズ」

ポロックは抽象表現主義の象徴である。しかし彼が残した最大の遺産は、一つの様式ではない。絵画とは「何を描くか」だけでなく、「どのように存在したか」を記録することもできると示したことにある。 ポロックの革新は、ドリッピングという技法ではない。描く主体そのものを画面へ解放したことだった。以後、絵画は「何が描かれているか」だけではなく、「誰が、どのように身体を世界へ投げ込んだのか」をも作品として語るようになる。

出典:Artpedia/ジャクソン・ポロックとリー・クラズナー
出典:Artpedia/ジャクソン・ポロック
出典:Artpedia/ジャクソン・ポロック

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