更新から編集へ ─ 飽和する社会と創造の転換 Ⅲ

コラム・アート概論

異物との出会い ─ 成熟社会の創造性

抽象表現主義のあと、美術は終わらなかった。むしろ、かつてないほど多様になった。

ミニマル、コンセプチュアル、ポップ、ネオ・エクスプレッショニズム。それぞれ異なる方向へ進みながら、同じ問題に向き合っていた。

「これから、新しさはどこに生まれるのか。」

出典:Artpedia/ロバート・ラウシェンバーグ「モノグラム」

近代美術では、新しさは「更新」と強く結びついていた。

前の時代を乗り越えること。まだ誰も見たことのないものを生み出すこと。より純粋に、より革新的に、より高度に。

しかし、成熟した社会では状況が変わる。

技術は普及し、情報は共有され、表現は瞬時に拡散される。新しいものは次々に生まれている。それでも、更新そのものが革命として感じられることは難しくなっていく。

出典:Artpedia/ロバート・ラウシェンバーグ「グロリア」

そこで創造は、別の方向へ重心を移し始める。

それが「編集」である。

編集とは、単純に新しい素材をつくることではない。

出典:Artpedia/ロバート・ラウシェンバーグ「消されたデ・クーニングのドローイング」

何を残すか。何を削るか。何を組み合わせるか。どの文脈へ置くか。

すでに存在するものの関係を組み替えることで、新しい意味を生み出す営みである。

ヒップホップは、早い段階からそれを実践していた。

出典:Artpedia/グランドマスター・フラッシュ/DJターンテーブル

サンプリングとは、過去の音をそのまま繰り返すことではない。異なる時代の音を切り取り、並べ替え、別のリズムの中へ置くことで、新しい時間をつくることである。

出典:Artpedia/グランドマスター・フラッシュ&ザ・フューリアス・ファイブ「メッセージ」

現代美術でも、引用、アーカイブ、キュレーションは単なる再利用ではない。作品やイメージ、歴史の関係を組み替えることで、新しい見方を生み出している。

創造とは「ものをつくること」だけではない。

関係をつくることでもある。

しかし、編集はそれだけで完結するものではない。

編集によって異なるものを接続すると、その間に予想していなかったものが現れる。

出典:Artpedia/アンディ・ウォーホル「マリリン・ディプティック」

それが「異物」である。

人間は、自分と同じものだけに囲まれていると、認識を更新しにくくなる。

異なる文化、価値観、素材、身体、技術。自分では思い通りにならないものと出会うことで、認識は揺さぶられる。

創造は、この揺らぎから始まる。

絵画は、そのことを静かに教えてくれる。

出典:Artpedia/ジャン=ミシェル・バスキア「ハリウッド・アフリカン」

油絵具は思い通りにならない。重く、粘り、乾かず、混ざり、流れる。素材は意志だけでは支配できない。

だから画家は、素材との関係を学ぶ。

技術とは、素材を征服することではない。素材と関係を築くことである。

出典:Artpedia/ジャン=ミシェル・バスキア「無題」

この経験は、他者との関係にも似ている。

相手を思い通りに変えることはできない。耳を傾け、応答し、譲り、押し返しながら、新しい関係をつくっていく。

文化は、こうした異物との出会いを数多く用意してきた。

祭り、スポーツ、音楽、演劇、学校行事。

出典:Artpedia/なまはげ(来訪神の祭り)

なまはげは恐怖を儀礼へ翻訳し、プロレスは闘争性を物語へ翻訳し、ジャズ喫茶は未知の音楽との出会いを提供した。

出典:Artpedia/ジャズ喫茶の空間

文化とは、衝動を消すものではない。

衝動を社会の中で生きられる形へ翻訳し、他者と共有し、異なる価値観と出会わせる営みである。

現代は便利で快適な時代である。

AIは意図を先回りし、アルゴリズムは好みに合った情報を届ける。

出典:Artpedia/ダグラス・ゴードン「24時間サイコ」

しかし、それは同時に、異物との出会いを減らしているのかもしれない。

自分が好むものだけが並ぶ環境では、驚きは減っていく。

出典:Artpedia/ダグラス・ゴードン「24時間サイコ」

もし創造が異物との出会いから始まるのだとすれば、必要なのは快適さを増やすことだけではない。

異物と出会える環境をつくること。

それもまた、文化の重要な役割になる。

出典:Artpedia/クリスチャン・ボルタンスキー「アーカイヴ・インスタレーション」

私は、創造とは「改善」だけでは説明できないと考えている。

人は衝動を持ち、異物と出会い、改善を重ね、価値観を成熟させる。

成熟は飽和を生み、飽和した世界では編集という新しい創造が始まる。

そして編集は、異なるものを接続することで新しい異物との出会いを生み、それが再び認識を揺さぶり、次の創造へつながっていく。

出典:Artpedia/クリスチャン・ボルタンスキー「アーカイヴ・インスタレーション」

つまり、

更新と編集は、対立するものではない。

更新によって文化は広がり、広がった文化は蓄積される。

蓄積された文化は飽和し、編集の対象になる。

編集によって異なるものが出会い、そこから新しい認識が生まれる。

出典:Artpedia/ハンス・ハーケ「 シャポルスキーらのマンハッタン不動産保有」

そして、その認識が再び更新を生み出す。

この循環こそ、人間の文化そのものなのではないだろうか。

出典:Artpedia/ハンス・ハーケ「 シャポルスキーらのマンハッタン不動産保有」

二十一世紀の芸術は、革命だけを目指す時代ではない。

成熟した文化を編集し、新しい関係をつくる時代である。

編集は単なる整理ではない。

異なるもの同士を出会わせ、新しい認識を生み出すための創造的な設計である。

出典:Artpedia/ハンス・ハーケ「 ゲルマニア」

だから私は、創造とは「新しいものを発明すること」だけではないと思う。

異なる時間をつなぎ、異なる文化を混ぜ、異なる素材と向き合い、異なる他者と関係を築くこと。

その積み重ねによって、文化は静かに相転移していく。

抽象表現主義は、その大きな転換点を示した。

出典:Artpedia/アンゼルム・キーファー「藁の絵画」

そして今、私たちはその先の時代を生きている。

更新を競う時代から、編集によって新しい出会いを生み出す時代へ。

それは革命の終わりではない。

成熟した文化のなかから、もう一度、異物と出会い、創造を始めるための時代なのである。

出典:Artpedia/アンゼルム・キーファー「藁の絵画」

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