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UA『11』、エリカ・バドゥ『Baduizm』、アウトキャスト『Aquemini』― 身体の再編

深度・浮遊・拡散としてのリアル 軽やかさが文化として定着したあと、音楽は再び身体へと接続し始める。ただしそれは、かつてのように感情を増幅し、自己を強く打ち出すかたちではない。むしろ、軽やかさを通過したあとに、身体をどのように扱い直す...
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ディーライト『World Clique』、セイント・エティエンヌ『Foxbase Alpha』、ピチカート・ファイヴ『女王陛下のピチカート・ファイヴ』― 祝祭と都市、そして完成されたポップ

開かれる軽やかさ 軽やかさは、一度提示されたあと、ただ定着するだけではない。むしろそれは、より開かれ、より共有されることで、別のかたちのリアルへと変化していく。その転換点を示すのが、ディーライト(Deee-Lite)、セイント・エテ...
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アズテック・カメラ『High Land, Hard Rain』、デ・ラ・ソウル『3 Feet High and Rising』、フリッパーズ・ギター『Three Cheers for Our Side』― 三つのファースト・アルバムと摩擦のリアル

カツカレーの生成と増殖 ある時期、ポピュラー音楽において「よさ」や「リアル」の定義が静かに更新された。しかしそれは滑らかな移行ではなく、自己存在の証明を音楽に求める感覚とのあいだに、はっきりとした摩擦を伴っていた。 従来のロッ...
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電気グルーヴ『VOXXX』『TROPICAL LOVE』における「笑い」と「いたさ」の地平

すべり続ける音楽 電気グルーヴを最初に聴いたときの印象は、「ちょっとかっこいいけど変なお兄さん」だった。音は確かにクールで、テクノとしての機能美も備えている。だが同時に、どこか妙にふざけていて、そのかっこよさに安心して身を委ねること...
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レディオヘッドと『In Rainbows』の成立する混合 ― 反応としての音楽

2007年、Radiohead は彼らにとって7枚目のアルバム『イン・レインボウズ』を、従来の流通を外れたかたちで発表した。リスナーが価格を自由に決める、いわゆる“投げ銭”形式でのリリースである。この出来事はしばしば音楽産業に対する批評と...
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ヴェルヴェット・アンダーグラウンド『The Velvet Underground & Nico』、モブ・ディープ『The Infamous』――尖鋭のまま覚醒する成熟

ニューヨークに響くアンダーグラウンドの系譜 1960年代と1990年代、ニューヨークという都市は、それぞれの時代を象徴するアンダーグラウンドの傑作を生み出した。ヴェルヴェット・アンダーグラウンド(The Velvet Undergr...
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キング・クリムゾン『太陽と戦慄』、ナイン・インチ・ネイルズ『The Fragile』―― 太陽の光とモニターの光

1973年に発表された『太陽と戦慄』と、1999年に発表された『フラジャイル』は、時代もジャンルも異なる作品でありながら、静寂と轟音の極端な対比を通じて聴き手の意識を覚醒へと導く点で深く共鳴している。 キング・クリムゾンが創り上げた...
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ピンク・フロイド『原子心母』とリスト『前奏曲』――壮大なロマンと生命の円環

学生の頃、ある友人からこう言われたことがある。「感想を聞いただけで、その人の感性が測られてしまう恐ろしいアルバムがあるけど、聴く?」そう言って手渡されたのが、『原子心母(Atom Heart Mother)』だった。 出典:Artp...
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リル・ウェイン『Tha Carter IV』― 制御されかけた奇跡

Lil Wayne のキャリアにおいて、『カーターIV』はしばしば過渡的な作品として扱われる。しかしそれは単なるピーク後の安定ではなく、むしろ彼の創造性の構造が最も可視化された地点にある作品である。 出典:Artpedia/リル・ウ...
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ジェリーフィッシュ『Spilt Milk』― 無邪気さの技術

カツカレーとしての『こぼれたミルクに泣かないで』 Jellyfishは、1990年代初頭に活動したアメリカのバンドである。ビートルズ以降のポップ・ミュージックの系譜を引き受けながら、多重コーラスや緻密なアレンジによって独自の...
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