音楽

音楽

ドヴォルザーク『新世界より』とマイケル『スリラー』 ― 大衆化する傑作、翻訳される近代

アントニン・ドヴォルザーク『交響曲9番"新世界より"』 と マイケル・ジャクソン『スリラー』 。 この二つを並べると、意外に思えるかもしれない。 19世紀末の交響曲と、1980年代のポップアルバム。クラシック音楽とMTV時代の...
音楽

プロコフィエフとショスタコーヴィチ《ヴァイオリン協奏曲第1番》にみる価値の生成

原石とハブ セルゲイ・プロコフィエフ と ドミートリイ・ショスタコーヴィチ は、20世紀ロシア音楽を代表する作曲家としてしばしば並べて語られる。 両者はともに優れたピアニストであり、巨大なオーケストラを扱う作曲技術を持ちなが...
音楽

『ブラー(Blur)』以後 ― 編集者の揺らぎとブラーの変質

アルバム『ブラー(Blur)』(1997)を聴くと、そこには90年代前半のブラーとは異なる空気が流れている。かつての彼らにあった、英国文化を軽やかに編集していく感覚は後退し、代わりにノイズや疲労感、不安定さや空虚さが入り込んでくる。 ...
音楽

ビートルズの手の平の上で ― YBA、ブラー、オアシスと「制度内革命」のイギリス文化

90年代のイギリス文化を振り返るとき、そこにはどこか独特の「余裕」がある。それはゼロから世界を変えようとする切迫感ではない。むしろ、“すでに世界を変えた経験がある国”の空気である。 その巨大な起点にいたのが、ビートルズ(The Be...
音楽

ハービー・ハンコックという接続体 ―『Empyrean Isles』『Future Shock』『Future2Future』より

持続する未来 ハービー・ハンコック(Herbie Hancock) を語るとき、多くの場合は 『処女航海(Maiden Voyage)』 のような洗練されたモード・ジャズが代表作として挙げられる。 出典:Artpedia/ハー...
音楽

都市が生成する音楽 ― 小曽根真、アラン・ギルバート、NDRによる《ラプソディ・イン・ブルー》

先日、小曽根真、アラン・ギルバート、NDRエルプフィルハーモニー・オーケストラによるジョージ・ガーシュイン《ラプソディ・イン・ブルー》の演奏を観た(聴いた)。そこでまず驚かされたのは、この作品が思っていた以上に“自由”だということである。...
音楽

UA『11』、エリカ・バドゥ『Baduizm』、アウトキャスト『Aquemini』― 身体の再編

深度・浮遊・拡散としてのリアル 軽やかさが文化として定着したあと、音楽は再び身体へと接続し始める。ただしそれは、かつてのように感情を増幅し、自己を強く打ち出すかたちではない。むしろ、軽やかさを通過したあとに、身体をどのように扱い直す...
音楽

ディーライト『World Clique』、セイント・エティエンヌ『Foxbase Alpha』、ピチカート・ファイヴ『女王陛下のピチカート・ファイヴ』― 祝祭と都市、そして完成されたポップ

開かれる軽やかさ 軽やかさは、一度提示されたあと、ただ定着するだけではない。むしろそれは、より開かれ、より共有されることで、別のかたちのリアルへと変化していく。その転換点を示すのが、ディーライト(Deee-Lite)、セイント・エテ...
音楽

アズテック・カメラ『High Land, Hard Rain』、デ・ラ・ソウル『3 Feet High and Rising』、フリッパーズ・ギター『Three Cheers for Our Side』― 三つのファースト・アルバムと摩擦のリアル

カツカレーの生成と増殖 ある時期、ポピュラー音楽において「よさ」や「リアル」の定義が静かに更新された。しかしそれは滑らかな移行ではなく、自己存在の証明を音楽に求める感覚とのあいだに、はっきりとした摩擦を伴っていた。 従来のロッ...
音楽

電気グルーヴ『VOXXX』『TROPICAL LOVE』における「笑い」と「いたさ」の地平

すべり続ける音楽 電気グルーヴを最初に聴いたときの印象は、「ちょっとかっこいいけど変なお兄さん」だった。音は確かにクールで、テクノとしての機能美も備えている。だが同時に、どこか妙にふざけていて、そのかっこよさに安心して身を委ねること...
タイトルとURLをコピーしました