混ぜすぎた美術史 64 ~レオノーラ・キャリントン

アート

レオノーラ・キャリントン(1917–2011、イギリス/メキシコ)

神話が暮らす家 ― 人間と動物と魔術の共存

レオノーラ・キャリントンの絵画には、不思議な穏やかさがある。

馬が語り、

鳥が見守り、

獣が儀式に参加する。

出典:Artpedia/レオノーラ・キャリントン「自画像」

そこでは人間だけが世界の中心ではない。

動物も精霊も神話的存在も、それぞれが対等な住人として同じ空間に暮らしている。

彼女は若い頃にマックス・エルンストと出会いシュルレアリスムへ接近する。しかし戦争によってその生活は断ち切られ、精神的危機を経験したのち、最終的にメキシコへ移住する。

出典:Artpedia/レオノーラ・キャリントン「グリーン・ティー」

亡命によって失われたものは少なくなかった。

しかしその移動は、彼女の想像力をさらに広い世界へ開いていく。

ヨーロッパの神秘思想。

ケルト神話。

錬金術。

メキシコの民間信仰。

女性の身体経験。

それらが彼女の内部で混ざり合い、独自の世界を形成していった。

たとえば《向かいの家》では、建物の内部で人間とも動物ともつかない存在たちが静かに行き交う。

出典:Artpedia/レオノーラ・キャリントン「向かいの家」

また《巨人の女性》では、巨大な女性が種子や生命を抱えながら大地そのもののように立ち上がる。

出典:Artpedia/レオノーラ・キャリントン「巨人の女性」

そこに描かれているのは特定の物語ではない。

むしろ神話が生まれる以前の、世界の根源的な感覚に近い。

キャリントンの作品では、人間と動物、生者と死者、現実と幻想の境界が曖昧である。

しかしそれはシュルレアリスム特有の不安や衝撃として現れるわけではない。

むしろ自然な共存として描かれる。

異なる存在は対立しない。

互いに変身し、重なり合いながらひとつの世界を形成している。

この感覚は、ヨーロッパ近代が築いてきた人間中心の世界観とは少し異なる。

出典:Artpedia/レオノーラ・キャリントン「ミノタウロスの娘」

彼女の絵画では、理性による秩序よりも、生き物たちの関係性そのものが重要になる。

それはどこか神話や昔話の感覚にも近い。

世界は説明される前にまず存在している。

そして人間は、その一部に過ぎない。

カツカレーカルチャリズムの視点で見れば、キャリントンは皿の上に「神話」と「日常」、「女性の身体」と「宇宙」、「動物」と「人間」を同時に盛りつけた画家だった。

それらは融合して新しい体系になるのではない。

異なるまま同じ食卓を囲み、静かに共存している。

キャリントンの絵画とは、多様な存在たちが互いの違いを保ったまま暮らすための、小さな宇宙だったのである。

出典:Artpedia/レオノーラ・キャリントン「聖アントニウスの誘惑」

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