混ぜすぎた美術史 128 ~マティ・クラーワイン

アート

マティ・クラーワイン(1932–2002、ドイツ/フランス)

世界を一枚に詰め込む絵画

マティ・クラーワインの絵を見ると、まず「これは誰の絵なのだろう」と思う。

白人の身体があり、黒人の身体がある。天使や神のような姿があり、動物や植物がある。そして、そのどこかに怪物のような異形が入り込んでいる。

色は明るい。

しかし、乾いたポスターのような明るさではない。少し湿っていて、滑るような光沢がある。細密に描かれた身体や植物が、現実よりも少しだけ濡れた世界に置かれているように見える。

出典:Artpedia/マティ・クラーワイン「受胎告知」

クラーワインは1932年、ドイツのハンブルクに生まれた。幼少期をパレスチナで過ごし、その後パリへ移り、エコール・デ・ボザールで学んだ。フェルナン・レジェや、のちにウィーン幻想派のエルンスト・フックスからも影響を受けている。

この経歴を見ると、クラーワインの絵にある「いろいろなものが同じ画面にいる」感覚は、単なる奇抜な図像の寄せ集めではないように思えてくる。

たとえば《磔(表現の自由)》では、異なる人種の身体や宗教的なイメージ、植物、聖なる場所のようなものが一つの画面に入り込む。

出典:Artpedia/マティ・クラーワイン「磔(表現の自由)」

重要なのは、それらが一つの意味に溶けてしまわないことだ。

白人は白人のまま、黒人は黒人のまま、神は神らしく、怪物は怪物らしい。

それでも同じ画面にいる。

ここがクラーワインのおもしろいところだと思う。

彼の絵は「すべては一つ」という単純な世界観ではない。むしろ、違うものが違うまま同じ場所に存在している。

そして、この絵画世界は美術館だけに留まらなかった。

クラーワインの名前を最初に知らなくても、彼の絵をどこかで見たことがある人は多いはずだ。

マイルス・デイヴィスの『ビッチズ・ブリュー』。

出典:Artpedia/マイルス・デイヴィス「ビッチズ・ブリュー」

サンタナの『アブラクサス』。

出典:Artpedia/サンタナ「アブラクサス」ジャケット

特に『ビッチズ・ブリュー』のジャケットは、クラーワインの代表作として知られている。

1970年のこのアルバムでは、異なる身体や自然、光と闇が複雑に組み合わされた絵が、電化されたマイルスの音楽そのもののように見える。

出典:Artpedia/マティ・クラーワイン「ビッチズ・ブリュー」

そして『ライヴ・イーヴル』。

翌年の『ライヴ・イーヴル』でもクラーワインの絵が使われ、対照的なものを一つの画面に置く構造が引き継がれている。

出典:Artpedia/マイルス・デイヴィス「ライヴ・イーヴル」ジャケット
出典:Artpedia/マイルス・デイヴィス「ライヴ・イーヴル」裏ジャケット

さらに遡ると、ジャッキー・マクリーンの『デモンズ・ダンス』がある。

出典:Artpedia/ジャッキー・マクリーン「デモンズ・ダンス」ジャケット

この作品は1967年に録音され、1970年に発売された。ここでもクラーワインの絵が使われている。

そして『ビッチズ・ブリュー』と同じ1970年には、サンタナの『アブラクサス』がある。

こうして並べてみると、クラーワインは一つの音楽ジャンルの画家ではないことがわかる。

ジャズから電化マイルス、ラテン・ロックへ。

さらに1971年には、ブラック・ポエトリーのグループ、ラスト・ポエッツの『ディス・イズ・マッドネス』のジャケットも手がけている。クラーワインの作品は、その後の『ホーリー・テラー』にも使われた。

出典:Artpedia/ラスト・ポエッツ「ディス・イズ・マッドネス」ジャケット
出典:Artpedia/ラスト・ポエッツ「ホーリー・テラー」ジャケット

これは今回の「もう一つの現代性」という話にもつながってくる。

クラーワインの画面には、白人、黒人、神、怪物、動物、植物、古代的な宗教、現代の身体が、まるで同じ世界に最初から住んでいたかのように現れる。

しかも、それを描く技法は古い。

細密な輪郭、透明な色、何層にも重ねられた絵具。

フックスから学んだ技法には、ヤン・ファン・エイク以来の古典的な絵画技法につながるものがあるとされる。

つまり、クラーワインは「新しい絵画」をつくるために古い技法を捨てたのではない。

むしろ古い技法を使って、世界を増やしていった。

そこに音楽が入り込む。

出典:Artpedia/オシビサ「ヘッズ」ジャケット

『ビッチズ・ブリュー』ではジャズとロックが混ざり、『アブラクサス』ではラテン音楽とロックが交差し、『ディス・イズ・マッドネス』では詩とブラック・カルチャーが前面に出てくる。

そして、それぞれの音楽の上に、クラーワインの絵が置かれる。

だから彼のアルバム・ジャケットを見ると、「あれ、これは誰の絵なんだ?」という感覚が残る。

音楽のためのイラストなのに、単なる説明図ではない。

出典:Artpedia/マティ・クラーワイン「デモンズ・ダンス」
出典:Artpedia/マティ・クラーワイン「ホーリー・テラー」

絵画なのに、美術館の中だけにも収まっていない。

クラーワインは、絵画とイラストレーション、古典絵画とポップ・カルチャー、ヨーロッパとアフリカ、宗教と身体、幻想と現実のあいだを行き来している。

ここでは「混ぜる」というより、違うものを一枚の画面に置いている。

それぞれの出自を消さないまま、同じ場所に並べる。

出典:Artpedia/マティ・クラーワイン

これは、ウィーン幻想派から始まった「古い技法によって別の現実を見る」という動きが、さらに世界規模へ広がった姿とも考えられる。

フックスが古い神話を現在へ戻したとすれば、クラーワインはそこへ世界各地の身体と宗教と音楽を持ち込んだ。

出典:Artpedia/マティ・クラーワイン

そして、その絵は美術館の壁だけでなく、レコード店や家庭の棚にも置かれた。

幻想は、額縁の中から音楽の中へ移動したのである。

彼は皿に、古典絵画の細密さと世界各地の神話、異なる身体と音楽を、境界のない幻想というルーで煮込んだのだ。

出典:Artpedia/マティ・クラーワイン「アレフ・サンクチュアリ」

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