混ぜすぎた美術史 120 ~アリク・ブラウアー

アート

アリク・ブラウアー(1929–2021、オーストリア)

地面から幻覚が生えてくる

アリク・ブラウアーの絵を見ると、まず色に驚かされる。

青、赤、黄、緑。どの色も単に鮮やかなのではなく、画面の内側から光を放っているように見える。1960年頃から色彩が強烈になり、1970年代末以降には形態も次第に柔らかく、曖昧になっていった。ウィーン・ミュージアムが「ほとんど発光する」色彩、そして夢幻的・幻視的な性格と説明するのも納得できる。

出典:Artpedia/アリク・ブラウアー「カルメルの雨乞い師」

しかし、ブラウアーの面白さは色だけではない。

画面の下を見ると、植物や草木が地面から芽を出しているような場面が多い。人物や動物も、そこに立っているというより、地面や植物の中から生まれてきたように見える。木の枝が伸び、身体がうねり、建物や風景までが同じ生命の流れの中に巻き込まれていく。

だからブラウアーの絵は「幻想画」と呼ばれていても、どこか普通の幻想とは違う。

幻想という言葉には、現実とは別の世界を想像するという意味がある。ところがブラウアーの画面では、別世界を眺めているというより、現実そのものが変質して見えている。植物が巨大化し、身体が曲がり、色が発光し、地面から別の生命が次々に現れてくる。

出典:Artpedia/アリク・ブラウアー「チェルノブイリの花」

それは夢というより、少し幻覚に近い。

しかも、地面から生えてくるものは植物だけではない。人物、動物、家、塔、果実、枝、身体の一部が、互いの境界を越えながら画面を埋めていく。そのため、ブラウアーの絵には「一つの世界を描いた」というより、世界がまだ形を決めきらないまま増殖しているような感覚がある。遠近法によって空間を整理するというより、生命の流れそのものが空間をつくっている。

出典:Artpedia/アリク・ブラウアー「最後のカラス」

ブラウアーはウィーン幻想派の一員として、古いヨーロッパの絵画技法を学んだ。細密な描写やミニアチュール的な画面構成を使いながら、ペルシャやインドのミニアチュールなど東方の伝統も取り込んでいる。さらにイスラエルでの生活を通して砂漠や夜の海の色彩を経験し、それが彼の色彩を大きく変えていった。

ここで重要なのは、これらが単純に「異国の風景」として並んでいるわけではないことだ。

ブラウアーの画面では、ヨーロッパの神話や聖書的な人物、イスラエルの風景、動物、植物、さまざまな人々の姿が、同じ不思議な光の中に置かれている。彼がアフリカや中東を含むさまざまな土地を旅した経験も、こうした世界観の背景にある。けれども、それらは旅行先の記録として再現されるのではなく、記憶の中で混ざり、別の生命世界へ変わっていく。

出典:Artpedia/アリク・ブラウアー「月からの帰還」

だから画面に現れる人物も、単なる「人物像」ではない。特に黒人の人物など、ヨーロッパの絵画では異質に見える身体が、植物や動物と同じように画面の中から現れてくるとき、そこには現実の場所とは違う世界の感覚が生まれる。ただし、それを特定の文化をそのまま表象したものと決めつけるより、異なる土地で得た記憶やイメージが、ブラウアーの内部で別の世界へ変換されたものとして見るほうが、この絵画の構造には近い。

そして、その世界は決して牧歌的なだけではない。

出典:Artpedia/アリク・ブラウアー「フォトグラファー」

ブラウアーは美しい色彩を使いながら、戦争、破壊、環境問題、文明の危機なども描いている。レオポルド美術館が指摘するように、彼の作品には一見すると調和的で幸福な世界に見えながら、その奥に戦争や破壊への批判が潜んでいるものもある。

ここが、この章の「もう一つの現代性」とつながるところだ。

出典:Artpedia/アリク・ブラウアー「ゴーレムⅡ」

科学技術が世界をより明るく、速く、遠くまで見せるようになった時代に、ブラウアーはその反対側から世界を見ている。機械やコンピューターではなく、植物、身体、神話、記憶、異なる土地のイメージを増殖させる。そして、現実を細密に描写することで、現実とは別のものが見えてくる。

フックスが古い神話を現在へ戻し、ハウズナーが遠近法や記号を使って未知の空間をつくり、フッターが物体や目を空間から浮かせたとすれば、ブラウアーは、世界そのものを発芽させる。

出典:Artpedia/アリク・ブラウアー「ファルベンブリンガー」

そこでは過去と現在、ヨーロッパと中東、自然と人間、現実と幻覚が、どれか一つに整理されることがない。違うものが混ざりながら、完全には溶け合わず、それぞれの色や形を残したまま画面の中で増殖していく。この「混ざりきらなさ」は、ブラウアーの幻想を単なる逃避ではなく、複数の世界を同時に抱え込むための方法にしている。

地面から植物が生え、植物から人物が現れ、人物から別の物語が伸びていく。色彩はその全体を内側から照らしている。 彼は皿に、異なる土地の記憶と増殖する生命を、発光する幻視というルーで盛ったのだ。

出典:Artpedia/アリク・ブラウアー「冬の父」

カツカレーカルチャリズム画家列伝35 ~ウィーン幻想派:ルドルフ・ハウズナー、エルンスト・フックス 他 編 | それいけ!カツカレーカルチャリズムマシーン ~思考と余剰を駆動する美術史ブログ

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