ヒップホップの黎明期を調べていて面白いのは、最初から「新しい音楽を作ろう」として始まったわけではないことだ。
1970年代のブロンクスには、楽器を買いそろえる余裕がなかった。しかし、レコードはあった。

クール・ハーク(Kool Herc)は、ジャマイカで見ていたサウンドシステムの文化をニューヨークへ持ち込み、ブロックパーティーで大音量の音楽を鳴らした。ただし、ジャマイカの音楽をそのまま持ち込んだわけではない。ブロンクスの観客が踊る音楽を探し、ジェームス・ブラウン(James Brown)などのファンクから、特に身体を動かしたくなる短いブレイクを見つけていった。

そこには、すでにヒップホップの重要な創造性がある。
レコードの中から、使える瞬間を見つける。
同じレコードを二枚使って、その部分を繰り返す。別のレコードのブレイクへつなぐ。観客の反応を見ながら、もう一度戻る。

DJは新しい音を作ったわけではない。
しかし、どこを選ぶか、どこまで伸ばすか、いつ切り替えるかという判断によって、それまでレコードの一部分にすぎなかった音を、別の音楽として立ち上げていった。

これは画家の色選びにも少し似ている。
赤や青を発明するのではなく、すでに存在する色の中から「この赤」を選び、「ここ」に置く。その選択によって画面全体が変わる。
DJもまた、音そのものだけでなく、音楽の中にある時間を選択していた。
ところが、クール・ハークの1970年代前半のパーティーには、私たちが普通に聴ける録音がほとんど残っていない。
ここが興味深い。

ヒップホップが生まれた瞬間、その音はまだ「作品」として保存されていなかった。残ったのは、参加者の記憶や後年の証言、写真や断片的な映像などである。
つまり、ヒップホップはまず、録音される以前の創造として存在していた。
その後、1970年代末になると、その現場が少しずつ音源として残り始める。
その一つが、アフリカ・バンバータ(Afrika Bambaataa)の「デス・ミックス(Death Mix)」だ。

これはスタジオで完成された楽曲というより、DJが実際のパーティーで何をしていたのかを伝える記録に近い。録音された時期とレコードとして発売された時期にもずれがある。
「デス・ミックス」を聴くと、完成された「曲」を聴くというより、DJがレコードを選び、つなぎ、場を動かしていく時間を聴いている感覚がある。
だからこそ、音質の粗さも含めて面白い。
そこにはまだ、作品になる前の音楽が残っている。

しかし、その後ヒップホップは、少しずつ別の段階へ進んでいく。
1982年、グランドマスター・フラッシュ&フューリアス・ファイヴ(Grandmaster Flash and the Furious Five)の「ザ・メッセージ(The Message)」が発表される。

ここでは、DJがパーティーを動かすための技術だけでなく、ヒップホップそのものが、社会の現実を語る一つの作品として構成されている。
重いビートの上に、メル・メル(Melle Mel)のラップが乗る。荒廃した都市、貧困、暴力、失業。そこにある現実が、ヒップホップの言葉と音へと組み込まれていく。
「デス・ミックス」が、DJによる選択と接続の現場を記録した音源だとすれば、「ザ・メッセージ」は、その編集的な感覚が、社会を描く一つの完成された作品へと展開した例といえる。
ここで重要なのは、ヒップホップが単に「新しい音」を発明したわけではないことだ。
すでに存在する音楽、都市の現実、言葉、身体、リズム。
それらを選び、組み合わせ、別の文脈へ置く。
その関係をつくること自体が、作品になっていった。

モダニズムは長いあいだ、「オリジナルなものを生み出すこと」に創造の価値を置いてきた。
画家は自分の筆跡を作り、作曲家は自分の旋律を書き、芸術家は他の誰にもないものを生み出す。
しかしヒップホップは、別の可能性を早い段階から示した。
オリジナルなものを何もないところから作るのではなく、すでにあるものの中から、まだ価値として認識されていないものを見つける。
その発見と選択そのものが創造になる。
これは後にポストモダンが「引用」「サンプリング」「再文脈化」といった言葉で理論化していくものにも重なる。

ただし、ヒップホップはポストモダンの理論を実践したのではない。
理論より先に、環境がそうさせた。
楽器がない。
しかしレコードはある。
ならば、そのレコードを使う。
既存の音楽しかない。
ならば、その中から使える瞬間を探す。
そして、その選択と接続によって新しい音楽を作る。
不足が、編集という創造方法を発見させた。

やがて、この編集の発想は、一曲の構成だけでなく、アルバム全体へも広がっていく。
一曲ではなく、一枚の中に複数の曲を並べる。
曲順を決める。
音の変化を作る。
異なるプロデューサーや客演を組み合わせる。
一枚を通して聴く時間そのものを設計する。
ここでヒップホップは、単に曲を作るだけでなく、関係を編集して一つの世界をつくる音楽になっていく。
つまり、ヒップホップの初期には、
現場
→ 選択
→ 編集
→ 記録
→ 一曲の構成
→ アルバムという時間の構成
という変化を見ることができる。
これは単なる音楽技術の発展ではない。

制作とは何か、オリジナリティとは何かという考え方そのものの変化である。
何もないところから作るのではない。
すでにある世界に触れ、そこから何かを見つけ、選び、つなぎ直す。
画家がすでに存在する色を選び、DJがすでに存在する音の中から一瞬を選ぶ。
創造とは「無から有を生むこと」だけではない。
世界にすでにあるものの関係を変えることでもある。
ヒップホップは、そのことを、理論よりずっと早く実践していた。

ピカソ ─ 世界を分解し、選び直す
ピカソを見ていると、創造とは「まだ存在しないものを作ること」だけではないのだと気づかされる。
キュビスムのピカソは、目の前の世界をそのまま描こうとはしなかった。

一つの視点から見た身体、一つの角度から見た机、一つの方向から見たギター。
そうした「一つの見え方」をいったん解体する。
正面と側面が同時に現れ、形は面に分かれ、新聞や文字、木目のような日常の断片まで画面に入り込んでくる。
世界を描くのではなく、世界を構成している要素を取り出している。
そして、それらをもう一度組み直す。

ここで重要なのは、ピカソが何かを「発明」したというより、すでに存在していたものの関係を変えたことだ。
対象を選ぶ。
視点を選ぶ。
形を切り出す。
別の断片と接続する。
その選択の積み重ねによって、それまで存在しなかった画面が生まれる。

これは、創造の考え方を少し変えてしまう。
オリジナルとは、誰も見たことのないものを無から生み出すことだけではない。
すでにあるものの中から何を選び、どう組み合わせるか。
その判断そのものにも、創造性がある。
ピカソのキュビスムは、そのことを絵画の内部で徹底していった。

後の時代になると、この考え方はさらに広がっていく。
既存の写真を使う。
新聞を貼る。
既製品を持ち込む。
すでにある音楽を切り取り、別の音楽の中に置く。
創造は、制作することから、選択し、編集し、関係を変えることへ広がっていく。

ピカソが行ったことを、そのまま後の表現と結びつける必要はない。
しかし、彼の絵を見ると、作品とは「何を作ったか」だけでなく、何を選び、何を捨て、何と何を関係させたかによっても生まれることがわかる。
世界は、すでにある。
だからこそ、そこから何を見つけるかが、制作になる。

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