エルンスト・フックス(1930–2015、オーストリア)
古い幻想を、もう一度現在にする
エルンスト・フックスの初期作品を見ると、まずその細密さに驚かされる。人物の髪や皮膚、装飾品、動物、植物まで、ほとんど顕微鏡で覗くように描かれている。そこには現代的な速さとは逆の、時間をかけて描き込む身体感覚がある。

その背景には、ボスやデューラー、ドナウ派をはじめとする古いヨーロッパ絵画への強い関心があった。フックスは過去の作品を研究し、失われつつあった古典的な描画技法を自分のものにしていった。1948年にはハウズナーらとともにウィーン幻想派を結成している。宗教、神話、錬金術、夢、身体などを扱うその絵画は、現代の風景を描くというより、ヨーロッパの記憶の底に沈んでいた幻想を掘り起こすようだった。

とくに重要なのが版画である。銅版画やリノカットによる《一角獣》や《サムソン》などのシリーズでは、一本一本の線が画面を埋め尽くし、神話的な人物や動物が絡み合う。古い技法を再現するだけではなく、そこに宗教や神話、エロス、死のイメージを重ねていく。まるでヨーロッパの古い幻想そのものを、現代の画面にもう一度召喚しているようだ。

しかし、ここでいう「古さ」は単なる懐古趣味ではない。フックスにとって古い技法は、現代美術から捨てられた過去ではなく、まだ使い切られていない道具だったのかもしれない。細密な線を一本ずつ積み重ねることで、写真や印刷物とは違う速度で世界を見る。その遅い描画の中に、神話や宗教だけでなく、人間の欲望や恐怖、身体の不安まで入り込んでくる。


ところが、1970年代後半になると画面の様子が変わってくる。1978年頃から、フックスは明るい色彩とより単純な構成を取り入れ、人物や神話的なモチーフも大きく、強く、時には意図的に誇張されるようになった。

ここには、後に新表現主義と呼ばれることになる時代の空気との響き合いも感じられる。強い色彩、神話、身体、荒々しい筆触。ミニマルやコンセプチュアルな方向へ進んでいた美術に対して、再び「描くこと」そのものを前面に出す絵画が現れていた時代である。
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ただ、フックスの場合は、そこへ新しく参加したというより少し事情が違う。彼はもともと神話や宗教や幻想を描いていた。その自分の古い世界を、今度は細密な線から解放し、強い色と大きな筆触で描き直したのである。

だから、初期と後期の作品は、一見するとかなり違って見える。しかし、その底には同じものが残っている。神話や宗教、身体、夢といった、近代化の過程で合理的な世界からこぼれ落ちていったものだ。変わったのは、それを画面に呼び戻すための速度と方法だった。

細密な版画では、線を積み重ねることで過去の幻想を現在に呼び戻す。後期の絵画では、色と筆触を一気に画面へぶつける。古い幻想は保存されるのではなく、時代に合わせて別の姿に変換されていく。
だからフックスの変化は、伝統から現代への単純な移行ではない。古い幻想を捨てるのではなく、その幻想のほうを何度も現在化していく。
彼は皿に、ボスから続く古い幻想と、新表現主義的な強い色彩を、神話というルーで盛ったのだ。

カツカレーカルチャリズム画家列伝35 ~ウィーン幻想派:ルドルフ・ハウズナー、エルンスト・フックス 他 編 | それいけ!カツカレーカルチャリズムマシーン ~思考と余剰を駆動する美術史ブログ


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