ヒップホップは編集から始まった ─ アフリカ・バンバータ『Death Mix」からグランドマスター・フラッシュ『The Message』へ

音楽

ヒップホップの黎明期を調べていて面白いのは、最初から「新しい音楽を作ろう」として始まったわけではないことだ。

1970年代のブロンクスには、楽器を買いそろえる余裕がなかった。しかし、レコードはあった。

出典:Artpedia/ブロンクス、1520 セッジウィック・アベニュー : ヒップホップが「始まった場所」として公式に認定されている。1973年8月11日、DJ クール・ハーク が“ブレイクビーツ”を初めて体系的に披露したパーティが開かれた場所であり、ヒップホップ文化の技術的・社会的な起点として位置づけられている。

クール・ハーク(Kool Herc)は、ジャマイカで見ていたサウンドシステムの文化をニューヨークへ持ち込み、ブロックパーティーで大音量の音楽を鳴らした。ただし、ジャマイカの音楽をそのまま持ち込んだわけではない。ブロンクスの観客が踊る音楽を探し、ジェームス・ブラウン(James Brown)などのファンクから、特に身体を動かしたくなる短いブレイクを見つけていった。

出典:Artpedia/クール・ハーク

そこには、すでにヒップホップの重要な創造性がある。

レコードの中から、使える瞬間を見つける。

同じレコードを二枚使って、その部分を繰り返す。別のレコードのブレイクへつなぐ。観客の反応を見ながら、もう一度戻る。

出典:Artpedia/ジェームズ・ブラウン「ゲット・アップ・ゲット・イントゥ・イット、ゲット・インヴォルブド」

DJは新しい音を作ったわけではない。

しかし、どこを選ぶか、どこまで伸ばすか、いつ切り替えるかという判断によって、それまでレコードの一部分にすぎなかった音を、別の音楽として立ち上げていった。

出典:Artpedia/ジェームズ・ブラウン「コールド・スウェット」

これは画家の色選びにも少し似ている。

赤や青を発明するのではなく、すでに存在する色の中から「この赤」を選び、「ここ」に置く。その選択によって画面全体が変わる。

DJもまた、音そのものだけでなく、音楽の中にある時間を選択していた。

ところが、クール・ハークの1970年代前半のパーティーには、私たちが普通に聴ける録音がほとんど残っていない。

ここが興味深い。

出典:Artpedia/クール・ハーク:ブロック・パーティー

ヒップホップが生まれた瞬間、その音はまだ「作品」として保存されていなかった。残ったのは、参加者の記憶や後年の証言、写真や断片的な映像などである。

つまり、ヒップホップはまず、録音される以前の創造として存在していた。

その後、1970年代末になると、その現場が少しずつ音源として残り始める。

その一つが、アフリカ・バンバータ(Afrika Bambaataa)の「デス・ミックス(Death Mix)」だ。

出典:Artpedia/アフリカ・バンバータ『デス・ミックス」

これはスタジオで完成された楽曲というより、DJが実際のパーティーで何をしていたのかを伝える記録に近い。録音された時期とレコードとして発売された時期にもずれがある。

「デス・ミックス」を聴くと、完成された「曲」を聴くというより、DJがレコードを選び、つなぎ、場を動かしていく時間を聴いている感覚がある。

だからこそ、音質の粗さも含めて面白い。

そこにはまだ、作品になる前の音楽が残っている。

出典:Artpedia/アフリカ・バンバータ

しかし、その後ヒップホップは、少しずつ別の段階へ進んでいく。

1982年、グランドマスター・フラッシュ&フューリアス・ファイヴ(Grandmaster Flash and the Furious Five)の「ザ・メッセージ(The Message)」が発表される。

出典:Artpedia/グランドマスター・フラッシュ&フューリアス・ファイヴ「ザ・メッセージ」

ここでは、DJがパーティーを動かすための技術だけでなく、ヒップホップそのものが、社会の現実を語る一つの作品として構成されている。

重いビートの上に、メル・メル(Melle Mel)のラップが乗る。荒廃した都市、貧困、暴力、失業。そこにある現実が、ヒップホップの言葉と音へと組み込まれていく。

「デス・ミックス」が、DJによる選択と接続の現場を記録した音源だとすれば、「ザ・メッセージ」は、その編集的な感覚が、社会を描く一つの完成された作品へと展開した例といえる。

ここで重要なのは、ヒップホップが単に「新しい音」を発明したわけではないことだ。

すでに存在する音楽、都市の現実、言葉、身体、リズム。

それらを選び、組み合わせ、別の文脈へ置く。

その関係をつくること自体が、作品になっていった。

出典:Artpedia/グランドマスター・フラッシュ

モダニズムは長いあいだ、「オリジナルなものを生み出すこと」に創造の価値を置いてきた。

画家は自分の筆跡を作り、作曲家は自分の旋律を書き、芸術家は他の誰にもないものを生み出す。

しかしヒップホップは、別の可能性を早い段階から示した。

オリジナルなものを何もないところから作るのではなく、すでにあるものの中から、まだ価値として認識されていないものを見つける。

その発見と選択そのものが創造になる。

これは後にポストモダンが「引用」「サンプリング」「再文脈化」といった言葉で理論化していくものにも重なる。

出典:Artpedia/アフリカ・バンバータ

ただし、ヒップホップはポストモダンの理論を実践したのではない。

理論より先に、環境がそうさせた。

楽器がない。

しかしレコードはある。

ならば、そのレコードを使う。

既存の音楽しかない。

ならば、その中から使える瞬間を探す。

そして、その選択と接続によって新しい音楽を作る。

不足が、編集という創造方法を発見させた。

出典:Artpedia/グランドマスター・フラッシュ

やがて、この編集の発想は、一曲の構成だけでなく、アルバム全体へも広がっていく。

一曲ではなく、一枚の中に複数の曲を並べる。

曲順を決める。

音の変化を作る。

異なるプロデューサーや客演を組み合わせる。

一枚を通して聴く時間そのものを設計する。

ここでヒップホップは、単に曲を作るだけでなく、関係を編集して一つの世界をつくる音楽になっていく。

つまり、ヒップホップの初期には、

現場
→ 選択
→ 編集
→ 記録
→ 一曲の構成
→ アルバムという時間の構成

という変化を見ることができる。

これは単なる音楽技術の発展ではない。

出典:Artpedia/アフリカ。バンバータ

制作とは何か、オリジナリティとは何かという考え方そのものの変化である。

何もないところから作るのではない。

すでにある世界に触れ、そこから何かを見つけ、選び、つなぎ直す。

画家がすでに存在する色を選び、DJがすでに存在する音の中から一瞬を選ぶ。

創造とは「無から有を生むこと」だけではない。

世界にすでにあるものの関係を変えることでもある。

ヒップホップは、そのことを、理論よりずっと早く実践していた。

出典:Artpedia/グランドマスター・フラッシュ

ピカソ ─ 世界を分解し、選び直す

ピカソを見ていると、創造とは「まだ存在しないものを作ること」だけではないのだと気づかされる。

キュビスムのピカソは、目の前の世界をそのまま描こうとはしなかった。

出典:Artpedia/パブロ・ピカソ「マ・ジョリー」

一つの視点から見た身体、一つの角度から見た机、一つの方向から見たギター。

そうした「一つの見え方」をいったん解体する。

正面と側面が同時に現れ、形は面に分かれ、新聞や文字、木目のような日常の断片まで画面に入り込んでくる。

世界を描くのではなく、世界を構成している要素を取り出している。

そして、それらをもう一度組み直す。

出典:Artpedia/パブロ・ピカソ「マ・ジョリー」

ここで重要なのは、ピカソが何かを「発明」したというより、すでに存在していたものの関係を変えたことだ。

対象を選ぶ。
視点を選ぶ。
形を切り出す。
別の断片と接続する。

その選択の積み重ねによって、それまで存在しなかった画面が生まれる。

出典:Artpedia/パブロ・ピカソ「藤椅子のある静物」

これは、創造の考え方を少し変えてしまう。

オリジナルとは、誰も見たことのないものを無から生み出すことだけではない。

すでにあるものの中から何を選び、どう組み合わせるか。

その判断そのものにも、創造性がある。

ピカソのキュビスムは、そのことを絵画の内部で徹底していった。

出典:Artpedia/パブロ・ピカソ「ギター」

後の時代になると、この考え方はさらに広がっていく。

既存の写真を使う。
新聞を貼る。
既製品を持ち込む。
すでにある音楽を切り取り、別の音楽の中に置く。

創造は、制作することから、選択し、編集し、関係を変えることへ広がっていく。

出典:Artpedia/パブロ・ピカソ「ギター、楽譜、グラス」

ピカソが行ったことを、そのまま後の表現と結びつける必要はない。

しかし、彼の絵を見ると、作品とは「何を作ったか」だけでなく、何を選び、何を捨て、何と何を関係させたかによっても生まれることがわかる。

世界は、すでにある。

だからこそ、そこから何を見つけるかが、制作になる。

出典:Artpedia/パブロ・ピカソ「三人の音楽家」

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