チャックDによる『エナミ―・ラジオ(Enemy Radio)』を聴いて驚いた。
パブリック・エナミ―(Public Enemy)黄金期を思わせる緊張感がある。しかし、それは懐古趣味ではない。現代的な音像を持ちながら、1988年『It Takes a Nation of Millions to Hold Us Back』(私たちを抑えるには数百万の国民が必要だ)を初めて聴いたときのような高揚感が自然によみがえってくる。

では、なぜ40年近く経った今、その感覚が戻ってくるのだろうか。
まず感じたのは、音のバランスの良さだった。
重心は低い。しかし、音は詰まりすぎず、抜けがある。勢いもある。ボム・スクワッド(Bomb Squad)のサウンドをそのまま再現しているわけではない。現代的なミックスと音響感覚の中で、当時の「圧」を翻訳しているように聴こえる。
このアルバムを聴いていて、私は逆にパブリック・エナミ―のセカンド・アルバムを思い出した。
彼らのセカンド・アルバム『It Takes a Nation of Millions to Hold Us Back』は、ヒップホップ史では最高傑作の一つとして語られる。しかし、改めて聴くと、あの作品は典型的なヒップホップには聴こえない。

重いのに疾走感がある。
音数は異常に多いのに、窮屈ではない。
ノイズ、ホーン、スクラッチ、サイレン、ロックギター、ニュース音声が衝突しながら、一つの推進力を生み出している。
私自身、まだロックしか聴いていなかった頃、このアルバムを勧められ、「何だこれは」と衝撃を受けた記憶がある。そこからヒップホップを聴くようになった。しかし皮肉なことに、ヒップホップを深く知れば知るほど、「パブリック・エナミ―はあまりヒップホップっぽくない」と感じるようになった。

その理由が、『エナミ―・ラジオ』を聴いてようやく見えてきた。
チャックDは、ヒップホップを深く掘り下げるタイプの表現者ではない。
むしろ、文化そのものを編集する人なのだ。
彼が青春を過ごした1970年代後半から80年代初頭は、パンク、ポストパンク、ニューウェイヴ、ファンク、ディスコ、レゲエが同時に鳴っていた時代だった。ヒップホップはまだ一つのジャンルとして完成しておらず、それらを吸収しながら生まれてきた新しい表現だった。
だから彼の耳も、最初からジャンルに閉じていない。

ボム・スクワッドのサウンドは、ファンクをサンプリングしているにもかかわらず、その編集感覚はどこかニューウェイヴ的である。ニュースも、サイレンも、テレビも、ノイズも、すべて同じ素材として扱われる。情報は整理されるのではなく衝突し、その混沌そのものが音楽になっている。
考えてみれば、これは後年のゴリラズにも通じる発想かもしれない。ジャンルを横断することが目的なのではない。文化全体を一つの素材として編集するのである。
そう考えると、パブリック・エナミ―のセカンドが当時ヒップホップだけでなく、ロック・ファンにも強く支持された理由も理解できる。あれはヒップホップのアルバムというより、1988年という都市の情報環境そのものを音響化した作品だったのである。
その後、サード・アルバム『Fear of a Black Planet』(ブラックプラネットへの恐怖)では情報量はさらに増え、ブラックカルチャー全体を詰め込んだような壮大な作品となった。しかし、その密度は時に音楽というより情報空間へと近づいていく。

さらに『Apocalypse 91(アポカリプス91)』では重量感が増し、初期にあった抜けや疾走感は薄れ、様式として完成したことによる疲労感も感じられる。

だからこそ、『エナミ―・ラジオ』が新鮮に響く。
チャックDはボム・スクワッドをコピーしているのではない。
かつて自分が持っていた編集感覚を、現代の音響で鳴らしているのである。
ここで改めて思う。
チャックDはラッパーというより、キュレーターやコラージュ作家に近い感性を持った表現者なのではないか。
ニュース、ブラック・ミュージック、ロック、テレビ、歴史、都市のノイズ。それらをジャンルとしてではなく、同時代の素材として集め、一つの空間へと再配置する。その編集された空間の中心に、チャックDという「叫ぶ声」が立ち上がる。

だから彼は、単なるラッパーではない。
編集者として世界を構成し、その中心からジャーナリストのように時代へ語りかける表現者なのである。
パブリック・エナミ―の魅力は、政治的メッセージだけにあったのではない。チャックDという編集者の感性と、ボム・スクワッドという音響コラージュ、そしてフレイヴァー・フレイヴという道化が加わることで、時代そのものが一つの巨大な作品へと変換されていた。

『エナミ―・ラジオ』は、その感性が40年を経ても失われていないことを教えてくれる。
だからこの作品を聴いた今、私はようやく『It Takes a Nation of Millions to Hold Us Back』を「ヒップホップ史の名盤」としてではなく、「1988年という時代を編集した作品」として聴き直すことができた。
私はこれまで「文化は時間を編集する」と考えてきた。しかしチャックDが編集していたのは、時間だけではない。同時代にあふれるニュース、音楽、テレビ、歴史、都市のノイズ──そうした情報そのものを編集し、一つの音響空間へと再構成していたのである。
だから『エナミ―・ラジオ』は、1988年を懐かしむ作品ではない。チャックDという編集者が、2020年代という現在をもう一度編集し直した作品なのである。

ジョン・ハートフィールド ─ 編集が現実を暴く
ジョン・ハートフィールドは、写真を切り貼りするフォトモンタージュの技法を確立した作家として知られる。しかし、彼が行っていたのは単なるコラージュではない。新聞写真、広告、政治家の肖像といった現実の断片を再編集し、その背後にある権力やイデオロギーを可視化することだった。

彼は1891年にドイツで生まれた。第一次世界大戦が始まると、ドイツ国内では強い国家主義が広がり、多くの芸術家がその空気に違和感を抱く。ハートフィールドもその一人だった。反戦の意思を示すため、本名のヘルムート・ヘルツフェルト(Helmut Herzfeld)を英語風の「ジョン・ハートフィールド」へと改名したことはよく知られている。名前そのものを政治的な表現へ変えてしまうほど、彼にとって芸術と社会は切り離せないものだった。

戦後、彼はベルリン・ダダの運動に参加する。ダダは、戦争を生み出した既存の価値観や芸術の権威そのものを疑い、新聞や雑誌、広告といった大量印刷されたイメージを切り貼りすることで、新しい表現を生み出そうとした。ここでハートフィールドは、「描く」のではなく「編集する」という発想を身につけていく。
しかし1930年代に入ると、ナチズムが急速に勢力を拡大する。ハートフィールドはダダの実験精神をそのまま政治へ向けた。新聞写真や広告を組み替え、ヒトラーや資本、戦争の関係を鋭く暴き出すフォトモンタージュを次々と発表する。その作品は美術館ではなく、労働者向けの雑誌『AIZ(Arbeiter-Illustrierte-Zeitung)』の表紙や誌面を通して何百万という読者へ届けられた。
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彼が編集していたのは写真ではない。
社会そのものだった。
一枚の写真は、現実をそのまま映しているように見える。しかし、何を撮り、どのように掲載するかによって、その意味はいくらでも変わる。ハートフィールドは、その「編集」の力を逆手に取り、メディアが隠そうとする現実を露わにしたのである。
その表現には強い推進力がある。
画面は観る者を静かに分析へ導くのではなく、「今、見よ」「今、考えよ」と迫ってくる。そこには危機の時代に特有の切迫感があり、芸術を社会へ介入させようとするモダニズムのエネルギーが宿っている。

この姿勢は、半世紀後のパブリック・エナミーにもどこか通じる。
チャックDはニュース、ブラック・ミュージック、ロック、テレビ、都市のノイズを編集し、ボム・スクワッドはそれらを巨大な音響コラージュへと変換した。ハートフィールドが写真を編集して時代を暴いたように、彼らは音を編集することで、1980年代アメリカという情報空間を可聴化したのである。
もちろん、両者の時代も目的も異なる。しかし共通しているのは、「新しい素材をつくる」ことではなく、「現実を編集する」ことによって、人々の認識そのものを揺さぶろうとした点にある。
ハートフィールドにとって、フォトモンタージュとは技法ではなかった。
それは、時代を読み替えるための方法であり、芸術を社会へ接続するための編集の技術だったのである。


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