バンB『Trill』から『横綱』へ  ─ サウスの身体性、日本的受容

音楽

形式の編集としての創造

バンB(Bun B)の『トゥリル(Trill)』(2005)は、南部ヒップホップの熱や湿度を、その土地だけの感覚から、誰もが共有できる「形式」へと変えた作品だった。重厚な低音と艶やかなシンセの上を、バンBは一切力むことなく歩くようにラップする。その揺るぎない風格は、新しい流行を追うというより、一つの様式を確立した者だけが持つ落ち着きを感じさせる。

出典:Artpedia/バンB「トゥリル」

そして、南部を代表するラッパーたちが次々と集まり、それぞれの個性を発揮しながらも、一枚のアルバムは祝祭のような高揚感に包まれていく。豪華な客演陣はバンBの存在感を薄めるどころか、むしろ彼の風格を際立たせ、サウスという共同体そのものを象徴する作品となっている。

UGK時代の音響は、低域の濁りや生活圏の荒さといった、土地固有の身体性を強く帯びていた。ベースは地面から湧き上がるように膨らみ、キックは湿度を含んだ鈍い打撃音として響く。こうした音の感触は、単なる音響的特徴ではなく、南部の生活圏そのものを反映した身体性であった。

出典:Artpedia/UGK「ライディン・ダーティ」

しかし『トゥリル』では、ミックスの光沢やシンセの上昇感が導入され、南部の熱は「編集可能なスタイル」へと変換される。低域は整理され、音の輪郭は明瞭になり、湿度を帯びた音像は空間処理によって浮かび上がる。サウスの身体性はそのまま再現されるのではなく、形式として抽象化されていく。ここで生じたのは、身体性が形式へと移行する最初の転換である。

出典:Artpedia/バンB「Ⅱトゥリル」

この転換は『II Trill』(2008)、『Trill OG』(2010)においてさらに成熟する。バンBの声は重厚さを増し、存在感はより前面へ押し出される。フロウは安定し、語尾の処理や間合いは「巨匠の型」として定着していく。トラックもサウスの様式を洗練し、808の響きやスネアの跳ね方は均整の取れた形式へと整理される。身体性そのものよりも、形式としての完成度が高まり、サウスの熱は「巨匠のスタイル」として再編成されていくのである。

出典:Artpedia/バンB「トゥリルOG」

その形式が国境を越えて新たな創作へ接続された例が、『横綱トゥリル』である。

『横綱トゥリル』のトラックは、日本の制作陣によって構築されている。その音は低域の濁りを抑え、輪郭を整理し、シンセの響きも滑らかに整えられている。全体のミックスはクリアで均整が取れ、粗さや偶然性よりも完成度が優先されている。その結果、サウス特有の湿度や土臭さは後景に退き、音は乾き、洗練された印象を獲得する。そこには、日本が外来文化を細部まで観察し、形式として高い精度で再構成してきた創作態度が表れている。

出典:Artpedia/バンB「横綱トゥリル」

ここで興味深いのは、『横綱トゥリル』のリリックにはバンB自身の語彙体系がそのまま残されている点である。これまで、ミッシー・エリオットやJAY-Zが「侍」や「忍者」といった日本的モチーフを引用することは珍しくなかった。しかし『横綱』では意味が異なる。トラックは日本で編集された形式によって構築され、その上でバンBが「Yamazaki whisky」のような固有名詞を自らの語りへ組み込むことで、日本という形式とバンBのナラティヴが作品内部で交差するのである。これは異文化引用ではなく、編集された形式が作者自身の語りを包み込み、新たな文化的関係を生み出す現象と言える。

そして視点をさらに転換するならば、ヒップホップとはもともと既存の音源を切断し、文脈を剥ぎ取り、形式だけを抽出して新たな身体性を生み出す文化である。元の文脈を保持しないことは欠点ではなく、創造の条件そのものだった。だから『横綱トゥリル』が示す「形式だけのサウス」は、身体性を欠いているから価値が低いのではない。むしろ、サウスの形式を素材として再編集し、新たな表現へと転換するヒップホップ本来の創造性を体現しているのである。

ここで、この現象と響き合う先行例として思い起こされるのが、ジャズ史におけるアート・ブレイキーの日本企画である。

出典:Artpedia/アート・ブレイキー全盛期の名盤「モーニン」(1958)

晩年のブレイキーは、日本を含め世界各地で、完成したハードバップの形式を提示し続けた。そこでは黒人コミュニティの歴史や都市の熱といった身体性よりも、確立されたスタイルそのものが前景化する。技巧は高く、演奏は完成されている。しかし文化的背景よりも形式が際立つという点で、『Trill』以降のバンBの歩みとも通じる構造を見ることができる。

出典:Artpedia/「イン・マイ・プライム」(1977)日本企画によって制作された一枚。円熟した形式を巨匠の風格とともに提示した。

もっとも、両者は同じではない。ブレイキーの日本企画が「巨匠の型の輸出」であったのに対し、『横綱トゥリル』では、その形式そのものが日本の制作環境の中で編集され、新たな作品へと組み替えられている。そこでは形式は保存されるだけではなく、新しい創造の素材として再配置されるのである。

このように見ると、『Trill』から『II Trill』、『Trill OG』、そして『横綱トゥリル』へ至る流れは、「身体性の形式化」「形式の成熟」、そして「形式の編集」という創造のプロセスとして理解できる。そしてアート・ブレイキーの日本企画は、その途中に位置する「形式の輸出」という歴史的な先例として、この流れを照らし出してくれる。

出典:Artpedia/バンB

『横綱トゥリル』は、サウスの熱を失った作品ではない。むしろ、熱そのものではなく、その形式だけが世界を移動し、新しい文化の中で再編集される地点なのである。そこには身体性の喪失だけではなく、編集という新しい創造の条件が現れている。私たちがそこに覚える違和感は、失われた熱への寂しさであると同時に、新しい文化が生まれる瞬間の手触りでもある。

出典:Artpedia/バンB

エレイン・スターテヴァント(1924–2014)

編集はコピーではない ─ 形式そのものを作品にする

ヒップホップは、既存の音源を切り取り、文脈を組み替え、新しい意味を生み出す文化である。

そこでは「何を引用したか」よりも、「どのように編集したか」が創造性を決定する。オリジナルを忠実に再現することではなく、その形式を別の文脈へ移し替えることが、新しい表現を生み出してきた。

この考え方は、現代美術にも現れる。

エレイン・スターテヴァントは、アンディ・ウォーホルやジャスパー・ジョーンズ、ロイ・リキテンスタインなど、同時代の著名な作家の作品を繰り返し制作したことで知られている。一見すると、それは単なるコピーのようにも見える。しかし彼女の関心は、他人の作品を複製することではなかった。

彼女が問い続けたのは、「作品とは何か」という問いではなく、「作品を作品として成立させているものは何か」という問いである。

出典:Artpedia/アンディ・ウォーホル「フラワーズ」

たとえばウォーホルの《Flowers》を制作するとき、彼女が再現しようとしたのは花の図柄ではない。シルクスクリーンという反復、色彩の配置、イメージが美術作品として認識される構造そのものだった。つまり彼女が扱っていたのは、作品ではなく「作品が成立する形式」だったのである。

この視点に立つと、オリジナルとコピーという対立そのものが意味を失う。

出典:Artpedia/エレイン・スターテヴァント「ウォーホル・フラワーズ」

重要なのは、「誰が最初に作ったか」ではなく、「その形式が新しい場所でどのような意味を生み出すか」である。

これは、『横綱トゥリル』が バン B の身体性を再現した作品ではなく、『トゥリル』という形式を日本という文化の中で編集し直した作品であったこととよく似ている。どちらも、元の作品を模倣することではなく、その構造を別の文化や文脈へ移し替えることで、新しい表現を成立させている。

出典:Artpedia/エレイン・スターテヴァント「ウォーホル・マリリン」

ここで創造とは、「ゼロから生み出すこと」ではなくなる。

すでに存在する形式を読み取り、その構造を理解し、新しい関係の中へ置き直すこと。その編集行為そのものが、新しい創造となるのである。

この考え方は、二十世紀後半以降の現代美術を理解するための重要な転換点となった。

出典:Artpedia/エレイン・スターテヴァント「ジョーンズ・フラッグ」

作品は単独で存在するものではなく、歴史や制度、他者の作品との関係の中で意味を持つ。スターテヴァントは、その関係そのものを作品化した最初の作家の一人だった。

ヒップホップがサンプリングによって音楽の歴史を編集したように、スターテヴァントは美術史そのものを編集した。

彼女が示したのは、「引用」ではなく「編集」であり、「模倣」ではなく「構造の再配置」である。 そこでは、オリジナルは終着点ではない。むしろ、新しい創造が始まるための素材なのである。

出典:Artpedia/エレイン・スターテヴァント「デュシャン・1200個の石炭袋」

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