問いはどこへ消えたのか
日本文化には、外からもたらされた思想や概念を、そのまま保持するのではなく、生活や制度、形式へと翻訳する傾向があり、それが前章で述べた「概念の工芸化」を支える文化的な土壌になっていることを述べた。
この視点に立つと、日本における現代アートの受容にも、一つの特徴が見えてくる。
現代アートは「概念の芸術」と言われることが多い。しかし、正確には概念そのものを見せる芸術ではない。

ある問いがあり、その問いに対する応答として作品が生まれる。
そして次の作家は、その応答にさらに応答する。
つまり現代アートとは、一つひとつの作品が孤立して存在するのではなく、「問い」と「返答」の連続によって歴史がつくられてきた表現なのである。

例えば、マルセル・デュシャンは便器を作品にしたから重要なのではない。
「作品とは何か。」
「作者とは何か。」
「美術館とは何か。」
という近代美術の前提そのものを問い直したから重要なのである。
そして、その問いをブルース・ナウマンは身体や行為へと更新し、ジョゼフ・ボイスは社会そのものへ広げ、マウリツィオ・カテランはメディアやアートマーケットの時代へ接続していく。



作品は作品に似ているのではない。
問いが、次の問いへ受け渡されているのである。
しかし、日本では少し異なる受容が起こってきたように思われる。
デュシャンを見て、
「便器を置けば作品なのか。」
「コンセプトが重要なのか。」
「なるほど。」
と理解する。
もちろん、それは誤りではない。
しかし、その理解は問いではなく、一つの答えとして受け取られやすい。
デュシャンが投げかけた違和感は、知識となり、美術史となり、やがて「現代アートらしい方法」として定着していく。
問いは形式になる。
これは前編で見た、日本文化の受容の特徴とも重なっている。
ところが、問いが形式へと変わると、次の作家もまた形式として理解されやすくなる。
ナウマンはネオンや身体を使う作家。

ボイスは社会派の作家。

カテランはジョークの作家。

このように、それぞれの作品を生んだ問いよりも、その表現方法が共有される。
すると現代アートの歴史は、「問いが更新される歴史」ではなく、「表現方法が増えていく歴史」として理解されてしまう。
だから日本では、
「これはデュシャン的だ。」
「これはコンセプチュアル・アートだ。」
という分類は生まれる。
しかし、
「この作品はデュシャンへ、どのような返答をしているのか。」
という読み方は、あまり共有されない。
私は、この違いを「問い」と「返し」の違いとして考えてみたい。
西洋では、歴史は問いを更新する方向へ展開してきた。
一方、日本では、一つの型や前例に対する「返し」を洗練させる方向へ創造性が育まれてきた。
落語も、歌舞伎も、俳句も、茶道も、一つの型が生まれると、その型を踏まえた新しい返しが生まれる。



現代に目を向けても、漫画やアニメ、ストリートファッション、音楽などでは、元になった作品や文脈を知っている人ほど、小さな引用やずらしを楽しむことができる。



作品だけではなく、作品同士の関係を味わう文化が、そこにはある。
現代アートも本来は同じである。
しかし、その関係性は初心者には見えにくい。
突然デュシャンを見ても、突然カテランを見ても、その作品がどこから現れ、何へ応答しているのかは分からない。
だから現代アートに必要なのは、解説書だけではない。
地図である。
作品の意味を教えるためではない。
「この作品は、どの問いから生まれ、どの作品へ返答しているのか。」
その流れを示す地図である。
地図があるからといって、作品の意味が一つに決まるわけではない。
むしろ問いの流れを知ることで、一人ひとりが自分自身の返答を見つけられるようになる。
そして、そのような地図が共有されたとき、日本文化が本来持っている「返し」の創造性は、さらに豊かなものになるように思う。
問いをそのまま輸入する必要はない。
むしろ、日本が得意としてきた応答の文化を、より深い歴史認識の上に育てていくこと。 そのとき現代アートは、「難解な思想」ではなく、「長く続いてきた表現同士の対話」として、新しい楽しみ方を獲得できるのではないだろうか。

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