混ぜすぎた美術史 71 ~レオン・ゴルブ

アート

レオン・ゴルブ(1922–2004、アメリカ)

暴力の時代、その身体―― 悲劇としての人間

第二次世界大戦後、多くの人々は民主主義の勝利と経済的繁栄に未来への希望を見出した。

しかし、その一方で世界から暴力が消えたわけではなかった。

冷戦は続き、各地で紛争が起こり、国家は依然として巨大な力を持ち続けていた。

出典:Artpedia/ベトナム戦争

レオン・ゴルブは、その現実から目を背けなかった作家である。

ゴルブの絵画には、兵士、傭兵、拷問者、権力者たちが繰り返し登場する。

《傭兵(Mercenaries)》シリーズでは、武装した男たちが画面いっぱいに描かれる。その姿は威圧的でありながら、どこか不安定でもある。彼らは勝利者のようにも見えるが、その身体には常に暴力の影がまとわりついている。

出典:Artpedia/レオン・ゴルブ「傭兵Ⅳ」

《尋問(Interrogation)》シリーズでは、暴力はさらに露骨な姿を取る。尋問する者とされる者。支配する者と支配される者。その関係は明確でありながら、画面を見続けていると単純な善悪では説明できない居心地の悪さが生まれる。そこに描かれているのは特定の事件ではなく、人間社会に繰り返し現れる権力の構造そのものだからである。

出典:Artpedia/レオン・ゴルブ「尋問Ⅱ」

ゴルブはしばしば政治的作家として語られる。
しかし彼の作品を前にすると、単なる告発や批判だけでは説明できない感覚が残る。

彼が描く人物たちは残酷である。
だが同時に、どこか悲壮でもある。
まるで古代の英雄譚や悲劇に登場する人物たちのように、彼らは暴力の世界から逃れることができない。

出典:Artpedia/レオン・ゴルブ「尋問Ⅲ」

そこには人間そのものへの複雑な視線がある。

人はなぜ戦うのか。
なぜ支配しようとするのか。
なぜ暴力を繰り返すのか。

ゴルブはその問いに答えを与えない。

出典:Artpedia/レオン・ゴルブ「ホワイトスクワッド I」

ただ巨大な身体を画面の前に立たせ、その存在を見つめ続ける。
ベーコンが人間の身体に潜む不安を描いたとすれば、ゴルブは人間社会に潜む暴力を描いた。

それは歴史の特殊な事件ではなく、人類が何度も繰り返してきた行為である。
だから彼の絵画は過去の記録では終わらない。
冷戦の時代を描きながら、現代の戦争や対立にも重なって見えるのである。

出典:Artpedia/レオン・ゴルブ「二人の黒人女性と一人の白人男性」

ゴルブの人物像は被害者でも勝利者でもない。

むしろ暴力の時代を背負わされた悲劇的英雄たちである。 彼は、「進歩」と「闘争」を、古びた英雄譚のように同じ皿へ盛りつけたのである。

出典:Artpedia/レオン・ゴルブ「無題(戦闘)」

カツカレーカルチャリズム画家列伝94 ~レオン・ゴラブ 編 | それいけ!カツカレーカルチャリズムマシーン ~思考と余剰を駆動する美術史ブログ

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