進歩と暴力のあいだで
第二次世界大戦は、世界の秩序を大きく変えた。
ヨーロッパは荒廃し、多くの都市が瓦礫となった。一方でアメリカは工業生産力を背景に急速な経済成長を遂げ、世界の中心としての地位を確立していく。戦前まで近代美術の首都だったパリに代わり、ニューヨークが新たな芸術の中心となったのもこの時代である。

戦後のアメリカでは大量生産と大量消費が進み、中産階級が急速に拡大した。郊外住宅、自動車、テレビが普及し、「豊かな社会」が現実のものとなる。

多くの人々が住宅を所有し、教育を受け、自らの人生を設計できるようになったことは、それまでになかった個人の自尊心と主体性を育てた。

それは単なる経済的成功ではない。一人ひとりの人生には価値があり、尊重されるべきだという感覚が社会の隅々まで広がっていったのである。
そして、その理念が広がったからこそ、人々は現実との矛盾にも敏感になった。すべての人間が平等であるならば、なぜ人種差別は残り続けるのか。個人の自由が尊重されるならば、なぜ国家は戦争へ人々を送り出すのか。戦後アメリカは繁栄とともに、公民権運動や反戦運動など、正義と権利をめぐる激しい対立の時代へも入っていった。
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美術の世界では抽象表現主義が国際的な評価を獲得し、巨大なキャンバスに自由な身振りを刻む絵画は、新しい時代の象徴として受け止められた。
しかし、その輝かしい物語の背後には別の現実も存在していた。
戦争の記憶は消えていなかった。ホロコーストや原爆は人間の歴史に消えない傷を残し、冷戦は核戦争の恐怖を日常のものとした。

さらにアメリカ国内では人種差別が続き、公民権運動やベトナム戦争をめぐる社会的対立が激しさを増していく。
世界は豊かになったが、人間は本当に救われたのだろうか。

フランシス・ベーコン、ナンシー・スペロ、レオン・ゴルブ、チャールズ・ホワイトは、それぞれ異なる立場からこの問いに向き合った作家たちである。
彼らは抽象化された理念や進歩の物語よりも、傷ついた身体、抑圧された人々、暴力の痕跡、歴史の中で沈黙を強いられた存在に目を向けた。
ベーコンの人物像は、肉体そのものが悲鳴を上げるように歪んでいる。
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ゴルブの巨大な画面には、権力と暴力がむき出しの姿で現れる。

スペロは歴史から排除されてきた女性たちの声を呼び戻した。

ホワイトは黒人の労働と尊厳を記念碑的な人間像として描いた。

彼らの作品に共通するのは、戦後社会が語ろうとした成功や繁栄の物語ではなく、その下に残り続ける人間の痕跡を見つめようとしたことである。
世界が未来へ向かって進もうとするとき、彼らはあえて身体へ立ち返った。
この章で扱うのは、戦後の勝利者たちの歴史ではない。 近代が未来を語るとき、その陰でなお傷つき、抑圧され、暴力にさらされ続けた身体の記録である。


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