北川民次(1894–1989、日本)
熱帯を横断する壁画
20世紀前半、日本の多くの画家たちがヨーロッパへ向かったなかで、北川民次が強く惹かれたのはメキシコだった。
それは単なる異国趣味ではない。
むしろ彼は、西洋近代とは別の場所で生成される“もうひとつのモダニズム”を探していたのである。

北川はアメリカを経由してメキシコへ渡り、そこで革命後の巨大な壁画運動と出会う。
当時のメキシコでは、ディエゴ・リベラ や ホセ・クレメンテ・オロスコ、ダビッド・アルファロ・シケイロス らによって、民衆や労働、革命を描く公共壁画が展開されていた。

そこでは美術は、美術館の内部に閉じられた趣味ではない。
学校や街路、公共空間へ開かれ、人々の身体へ直接働きかける視覚装置として存在していた。
この経験は、北川に強い影響を与える。

彼が惹かれたのは、単に壁画の巨大さや色彩ではない。
芸術が社会や教育と結びつき、人々の感覚そのものを変えていくという思想だった。
実際、帰国後の北川は画家であると同時に教育者としても活動し、子どもの自由な表現や、生活と結びついた造形活動を重視していく。
それは単なる美術教育ではない。

むしろ彼は、近代日本が制度化してしまった「正しい絵」の感覚を、もう一度身体の側へ引き戻そうとしていたのである。
この感覚は、彼自身の絵画にも強く現れている。
北川の画面には、メキシコ壁画の力強い構成や土着的身体性が流れ込みながら、同時に日本的な線描感覚や平面性も残り続けている。
色彩は濃く、人物は重く、空間は平面的でありながら強い圧力を持つ。

そこにはパリ的な洗練よりも、もっと地面に近い熱がある。
しかも重要なのは、北川がメキシコ革命の内部に属していたわけではないという点である。
彼はあくまで外部からそれを見つめる異邦人であり、その距離感が作品に独特の緊張を生み出している。
つまり彼の絵画では、革命への共感と、完全には内部化できない異物感とが同時に存在しているのである。
これはカツカレーカルチャリズム的な構造そのものと言える。
北川は西洋近代をそのまま受容したのではない。
むしろ日本、アメリカ、メキシコという複数の文化圏を横断しながら、それぞれの視覚言語や身体感覚を混ぜ合わせていった。

そのため彼の作品には、均整の取れたモダニズムではなく、異なる文化や民衆の熱がぶつかり合う濃度が残っている。
絵画は完成された様式ではなく、人々の身体や生活へ触れ続ける運動として存在しているのである。
北川民次は、西洋モダニズムの器の中へ、メキシコ革命の熱、日本的線描、民衆教育への感覚を流し込み、土の匂いを残したまま、新しいカツカレーとして食卓へ差し出したのである。

PSコラム:壁に描かれた革命 ― メキシコ壁画運動
20世紀前半、ヨーロッパでモダニズムが進行していたころ、メキシコではまったく異なるかたちの近代美術が生まれていた。
それが「メキシコ壁画運動」である。
1910年のメキシコ革命以後、新しい国家は、分断された社会を再編するために教育と文化を重視した。
そのなかで壁画は、美術館の内部ではなく、学校や公共建築の壁面に描かれる“社会のための絵画”として展開されていく。

そこでは芸術は、一部の富裕層が所有する静かな鑑賞物ではない。
民衆へ向けて歴史や労働、革命の理念を伝える巨大な視覚装置だった。
この運動を代表するのが、ディエゴ・リベラ、ホセ・クレメンテ・オロスコ、ダビッド・アルファロ・シケイロス の三人である。
リベラの壁画には、農民や労働者、市場、祭りといった民衆の生活が巨大なスケールで描かれる。
そこでは革命は単なる政治運動ではなく、「土地に生きる人々の身体」として視覚化されている。

一方、オロスコの作品には、より強い悲劇性と人間不信が漂う。
革命は理想として輝くだけではなく、暴力や破壊、狂気を伴うものとして描かれる。
彼の人物たちは巨大でありながら傷つき、燃え上がるような不安を抱えている。

そしてシケイロスは、さらにラディカルだった。
彼は壁画を単なる絵画ではなく、社会変革そのものと結びついたメディアとして考えていた。
工業塗料や遠近法、写真、映画的構成を積極的に導入し、観客を包み込むようなダイナミックな空間を生み出していく。

興味深いのは、この運動がヨーロッパ近代とはかなり異なる方向を持っていたことである。
パリのモダニズムが、個人の感覚や形式の実験を深めていったのに対し、メキシコ壁画運動では、
- 民衆
- 教育
- 歴史
- 革命
- 集団性
が絵画の中心に置かれていた。
しかもそこでは、西洋近代美術だけでなく、先住民文化や土着的感覚も強く混ざり込んでいる。
つまり彼らの壁画は、単なる西洋モダニズムの模倣ではない。
革命、民衆文化、古代文明、近代技術が混ざり合いながら形成された、“南米的モダニズム”だったのである。

これはカツカレーカルチャリズム的に言えば、フランス料理のレシピを忠実に再現することではない。
むしろ巨大な鍋の中へ、革命の熱、先住民の記憶、近代都市の速度、民衆の身体感覚を一気に放り込み、新しい味として煮込み直す運動だった。
北川民次が惹かれたのも、まさにこの“混ざりながら沸騰する近代”だったのである。
カツカレーカルチャリズム画家列伝96 ~北川民次 編 | それいけ!カツカレーカルチャリズムマシーン ~思考と余剰を駆動する美術史ブログ

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