混ぜすぎた美術史 19 ~ ポール・ゴーギャン

アート

混成の出現 ― 世界が同時に存在し始めるとき

19世紀後半、世界は急速にひとつにつながり始めていた。
蒸気船や鉄道は距離を縮め、電信は情報を瞬時に運び、帝国主義の拡大は遠い地域の文化や物をヨーロッパへと流れ込ませた。

出典:Artpedia/タヒチの神像

かつては限られた場所にしか存在しなかったイメージや思想が、都市の中で同時に出会うようになる。
アフリカの彫刻、日本の浮世絵、オセアニアの工芸、そして中世や古代の宗教的図像。

それらは博物館や万国博覧会、市場を通じて、同じ視界の中に並び始めていた。

出典:Artpedia/ポリネシアの民芸

これは単なる異文化との出会いではない。
異なる時間、異なる場所、異なる価値観が、同時に存在してしまう状況の出現である。

画家たちはその変化に直面した。
もはや単一の伝統や様式だけでは、世界を捉えることができない。
描くべき対象そのものが、すでに複数の層を持ってしまっているからである。

出典:Artpedia/ポール・ゴーギャン 「天使とヤコブの闘い」

ここで重要なのは、混成がもはや「選択」ではないという点である。
異なるものを意図的に組み合わせるのではなく、最初から複数の要素が同時に存在している。

混ぜるのではなく、混ざってしまっている世界。

その中で、画家は二つの態度を取る。
ひとつは、それらを整理し、秩序として構成し直すこと。
もうひとつは、その状態そのものを引き受け、新しいイメージへと変えること。

出典:Artpedia/ポール・ゴーギャン 「黄色いキリスト」

この転換点に立っていたのが、
ポール・ゴーギャンである。

彼の絵画は、異なる文化や神話、色彩を混ぜ合わせたものではない。
すでに混ざり始めていた世界を、そのままひとつの画面として提示する試みだった。

出典:Artpedia/ポール・ゴーギャン 黄色いキリストとの自画像

ポール・ゴーギャン(1848–1903、フランス) ― 原始と色彩のカツカレー

19世紀末、西洋絵画は大きく揺れていた。世界を構造として組み直そうとする試み、感情のエネルギーで風景を変えてしまう表現、想像力から新しい世界を生み出す絵画。

そうした流れの中で、それらをまったく別の形で扱った画家が現れる。
ポール・ゴーギャンである。

出典:Artpedia/ポール・ゴーギャン 「我々はどこから来たのか、我々は何者か、我々はどこへ行くのか」

ゴーギャンは南仏アルルで、フィンセント・ファン・ゴッホと共同生活を送ったことでも知られている。ゴッホはそこに画家たちの理想的な共同体を作ろうとした。それに対してゴーギャンは、常に距離を保とうとする。衝動と情熱で描くゴッホに対し、ゴーギャンは構想と理論を重んじた。二人の違いは単なる性格の差ではない。混ざり始めた世界に対して、どう向き合うかという態度の差でもあった。

出典:Artpedia/ポール・ゴーギャン 「アルルの夜のカフェにて」

ゴッホがその渦中に身を投じたのに対し、ゴーギャンは一歩引いた場所から、それを構造として見ていたのである。

1888年の冬、アルルで耳切り事件が起こる。
ゴーギャンはその夜、町を去った。

出典:Artpedia/ヴィンセント・ヴァン・ゴッホ 「耳に包帯をした自画像」

この出来事はゴッホの悲劇として語られることが多い。
しかし同時に、それはゴーギャンの距離感を象徴している。彼は理想に没入するよりも、常にそれを外側から捉えようとした。

出典:Artpedia/ポール・ゴーギャン 「神の日」

ゴーギャンの絵を見ると、まず色の大胆さに驚く。赤い大地、黄色い空、紫の影。

自然とは異なる色彩が、画面の中に置かれている。それらは激しくぶつかり合うのではなく、輪郭によって区切られた面として、静かに並んでいる。

この「並び」が重要である。

出典:Artpedia/ポール・ゴーギャン 「二人の子供」

彼の絵画では、異なる要素は溶け合わない。色も形も意味も、それぞれのまま画面に置かれ、その配置によってひとつの世界が成立している。

その視覚は、西洋絵画の遠近法とは異なる。むしろ、日本の浮世絵や中世の宗教画に近い平面的な構成であり、象徴的な意味を帯びながら画面が組み立てられている。

出典:Artpedia/ポール・ゴーギャン 「マリア礼賛」

ゴーギャンは都市の文明から距離を取り、原初的な世界を求めた。その果てにたどり着いたのが、南太平洋のタヒチである。

そこにはヨーロッパとは異なる文化や神話、生活があった。
しかし彼が描いたのは、それらの単なる記録ではない。

ヨーロッパの油彩画、日本の浮世絵、象徴主義の思想、そしてタヒチの神話や風景。
それらはひとつに溶けるのではなく、同時に画面の中に存在している。
そこにあるのは現実の再現ではなく、複数の文化や時間が交差する、構成された世界である。

出典:Artpedia/ポール・ゴーギャン 「死者の霊が見ている」

ゴーギャンの「原始」は、発見されたものというより、こうした要素の配置によって生み出されたイメージでもあった。

この構造が、新しい。

異なるものを混ぜて均質にするのではなく、異なるまま並べ、その関係によって世界を成立させる。
彼の絵画は、その状態をひとつの画面として差し出す。

出典:Artpedia/ポール・ゴーギャン「悪魔の言葉、または横たわるタヒチの女性たち」

ヨーロッパの宗教、タヒチの神話、象徴主義の思想、そして大胆な色彩。

それらは互いに溶け合うことなく、同じ場所に置かれている。そしてその全体が、ひとつの像として立ち上がる。

それはまるで、異なる要素がそのまま並びながら成立している一皿のようである。
彼はひとつの皿に、文明と原始を盛ったのだ。

出典:Artpedia/ポール・ゴーギャン「マタモエ」

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