混ぜすぎた美術史 17 ~ ヴィンセント・ヴァン・ゴッホ

アート

ヴィンセント・ヴァン・ゴッホ (1853–1890、オランダ)

感情が世界を塗り替えるとき「情熱のカツカレー」

もし ポール・セザンヌ が世界の構造を静かに組み立て直した画家だとすれば、
ヴィンセント・ヴァン・ゴッホ は、世界そのものを感情のエネルギーで塗り替えた画家である。

出典:Artpedia/ヴィンセント・ヴァン・ゴッホ 「ジョセフ・ルーランの肖像」

ゴッホの絵を見ると、まず色の強さに驚かされる。
燃えるような黄色、深く渦巻く青、激しくうねる筆触。空も畑も木々も、まるで生き物のように動き出している。

出典:Artpedia/ヴィンセント・ヴァン・ゴッホ「星月夜」

代表作《星月夜》では、夜空は静かな闇として描かれているわけではない。
星は巨大な光の渦となり、空そのものが流動するエネルギーのようにうねっている。風景はもはや単なる自然の再現ではなく、画家の内側から噴き出す感情の風景になっている。

ゴッホは自然を忠実に再現しようとした画家ではない。
彼が描こうとしたのは、世界を見たときに心の中で起こる感覚そのものだった。

出典:Artpedia/ヴィンセント・ヴァン・ゴッホ「麦畑とカラス」

たとえば《麦畑とカラス》では、黄色の畑は太陽の熱や生命力を思わせ、空を横切る黒い鳥の群れは不安や孤独を感じさせる。外側の現実と内側の心理が、同じ画面の中に同時に現れる。

この構造は、カツカレーの皿に少し似ている。
ご飯とカレーとカツは本来別の料理だが、一緒に食べることで味の印象は強く混ざり合う。ゴッホの絵でも、自然、感情、色彩、筆触が同時に存在し、それらが一体となって強烈な体験を生み出す。

出典:Artpedia/ヴィンセント・ヴァン・ゴッホ「アイリス」

しかもゴッホの筆触は、単なる技法ではない。
短く太いストロークは、まるで絵を「描く」というより「刻む」ように画面へ置かれていく。その積み重ねによって、風景は静止したものではなく、震えるような生命の場になる。

出典:Artpedia/ヴィンセント・ヴァン・ゴッホ「自画像」

しかしゴッホの作品を理解するとき、もう一つ見逃せない要素がある。
それは彼が弟の テオ・ファン・ゴッホ に送り続けた膨大な手紙である。

ゴッホは制作の過程や色彩の意図、描こうとしている感情を手紙の中で驚くほど詳細に語っている。どの色を使うつもりなのか、なぜこの風景を描きたいのか、どんな気持ちで筆を動かしているのか。ときには小さなスケッチまで添えて説明している。

出典:Artpedia/ヴィンセント・ヴァン・ゴッホ「手紙」

つまり彼の作品は、キャンバスの上だけで完結しているわけではない。
絵画と手紙が組み合わさることで、初めて一つの思考の全体像が現れる。

言い換えればゴッホは、絵画とその制作過程を同時に残した画家でもあった。
作品の背後にある思考や感情のプロセスが、言葉として記録されている。この構造は、後のコンセプチュアル・アートを思わせる側面さえある。ゴッホの芸術は、絵画とテキストが重なり合う二重の表現なのである。

出典:Artpedia/ヴィンセント・ヴァン・ゴッホ「手紙」

さらに興味深いのは、ゴッホの絵の構図や線の感覚が、日本の浮世絵から大きな影響を受けていることである。

19世紀後半のヨーロッパでは、日本の版画が流行し、多くの画家がそれを収集していた。ゴッホもまた浮世絵を熱心に集め、自ら模写まで行っている。

とりわけ 葛飾北斎 や 歌川広重 の版画は、彼の視覚に強い影響を与えた。

出典:Artpedia/歌川広重「名所江戸百景 大はしあたけの夕立」、ヴィンセント・ヴァン・ゴッホ「雨の大橋」
出典:Artpedia/ヴィンセント・ヴァン・ゴッホ「花魁」
出典:Artpedia/ヴィンセント・ヴァン・渓斎英泉「花魁」
出典:Artpedia/ヴィンセント・ヴァン・ゴッホ「花咲く梅の木」
出典:Artpedia/ヴィンセント・ヴァン・歌川広重「名所江戸百景 亀戸梅屋舗」

大胆な輪郭線、平面的な色面、思い切った構図。西洋の遠近法とは異なるこの視覚は、ゴッホの絵のなかで新しい形へと変換されていく。浮世絵は単なる異国趣味ではなく、彼の表現を拡張する視覚の装置になっていたのである。

出典:Artpedia/ヴィンセント・ヴァン・ゴッホ「種まく人」

つまりゴッホの絵画には、

ヨーロッパの油彩画、
日本の浮世絵、
個人的な感情、
そして手紙という言葉の思考が、

同時に存在している。

それらは互いに衝突しながらも、ひとつの強烈な視覚体験として成立している。

出典:Artpedia/ヴィンセント・ヴァン・ゴッホ「夜のカフェテラス」

この意味で、ゴッホの絵画はまさに情熱のカツカレーのようなものだ。
色彩、感情、異文化、言葉。さまざまな要素が煮え立つように混ざり合いながら、強烈な味を生み出している。

出典:Artpedia/ヴィンセント・ヴァン・ゴッホ「花咲く桃ノ木」

セザンヌが「見る構造」を組み立てた画家だとすれば、ゴッホは「感じる世界」を解き放った画家だった。

観察と情熱。
構造と感情。

近代絵画は、この二つの極のあいだで大きく動き始めていく。

そしてゴッホは、最後にそれらを一つの皿に盛った。世界と感情を、同時に盛ったのである。

カツカレーカルチャリズム画家列伝6 ~セザンヌ、ゴッホ 編 | それいけ!カツカレーカルチャリズムマシーン ~思考と余剰を駆動する美術史ブログ

出典:Artpedia/ヴィンセント・ヴァン・ゴッホ「医師ガッシェの肖像」

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