メトロ・ブーミン(Metro Boomin)の『ア・フューチャリスティック・サマ(A Futuristic Summa)』を聴いていると、少し意外な気持ちになる。

いつものメトロの暗さが、薄い。
低い808や不穏なSE、ホラー映画のような緊張感。
これまでメトロの音を特徴づけてきたものが、ここでは前面に出てこない。
代わりにあるのは、もっと軽く、明るく、開かれた空気だ。
メロディがあり、R&B的で、聴きやすい。
どこか夏の夜のような感じがある。
むしろ、夏祭りや盆踊りのようなメトロといってもいい。
これは単なる音楽性の変化なのだろうか。
そうではない気がする。

『ア・フューチャリスティック・サマ』は、メトロが若い頃に影響を受け、自身もその中で活動していた2010年代初頭のアトランタの音楽文化へ戻る作品でもある。
DJスピンズ をホストに迎え、ヤング・ドロ、グッチ・メイン、トラヴィス・ポーター、ロスコー・ダッシュ、2チェインズら、当時のアトランタを象徴するラッパーたちが集まる。
そこには、現在のメトロがつくり上げた巨大なプロデューサー像とは少し違う、もっとルーズで、クラブに近く、楽しむための音楽がある。
そう考えると、この明るさは単なる「暗いメトロから明るいメトロへ」という変化ではない。
むしろ、自分が音楽を始めた場所へ、もう一度戻っている。

メトロの暗さは、彼の本質そのものだったというより、その時代を生き抜くためのモードだったのではないか。
低い音。
重い808。
不穏なサンプル。
ホラー映画のようなSE。
そこには「怖いものを描く」という以上に、音そのものを強くすることで、自分の場所を確保する感覚があった。
トラップの競争的な環境の中で、負けない。
舐められない。
存在感を消さない。
そのために、音を暗く、重く、巨大にする。
21サヴェージとの作品にも、そうした緊張感がある。

感情をむき出しにするのではなく、感情を低いところに押し込める。
冷たく、硬く、近寄りがたい。
暗さそのものが鎧になる。
しかし、メトロはその鎧によって生き残った。
プロデューサーとしての名前が確立し、自分の音が一つのブランドになった。
そうなると、もう毎回、暗さによって自分の存在を証明する必要はない。
ここで初めて、鎧を少し外せる。

そして面白いのは、鎧を外した先にあったのが、まったく新しい音ではなかったことだ。
そこにあったのは、メトロ自身が若い頃に聴き、つくり、遊んでいたアトランタの音楽だった。
『ア・フューチャリスティック・サマ』が呼び戻すのは、現在のメトロが過去を再現することだけではない。
当時のアトランタにあった、パーティーの感覚だ。
軽いシンセ。
弾むようなビート。
キャッチーなフック。
ラッパー同士の掛け合い。
少しふざけた感じさえある。
ピーチフォークもこの作品を、近年のメトロにあったシネマティックで重い方向から離れ、より明るく、ルーズで、初期の楽しさを取り戻した作品として捉えている。
そこには、ヒップホップのもう一つの顔がある。

ヒップホップの始まりにあったのは、必ずしも暗い世界観ではなかった。
DJがブレイクをつなぐ。
人が集まる。
踊る。
MCが煽る。
誰かが反応する。
また音楽が続く。
そこには、音楽を聴くというより、音楽の中に人が集まる祝祭性があった。
ブロックパーティーだ。
もちろん、そこにも社会的な緊張や困難はあった。

しかし、音楽は現実を説明するだけではなく、現実の中に一時的に別の場所をつくることもできた。
音を大きくする。
身体を動かす。
みんなで同じリズムに入る。
そこでは「勝つ」ことよりも、「一緒にいる」ことが重要になる。
『ア・フューチャリスティック・サマ』の明るさには、そんなヒップホップの原初的な祝祭性が少し戻ってきているように感じる。
ただし、それは懐古ではない。

メトロは2010年代のアトランタをそのまま再現しているわけではない。
現在の音質と低音を使いながら、当時の人脈や感覚をもう一度組み直している。
だから「盆踊り」という感覚も面白い。
盆踊りは、ものすごく複雑な音楽ではない。
同じリズムが繰り返される。
人が集まり、同じ動きをする。
そして、その単純な反復によって、個人が一時的に大きな集団の中へ入っていく。
音楽が「作品」になる前に、人が集まるための場所になる。
『ア・フューチャリスティック・サマ』にも、そんな感覚がある。
メトロがつくる音は、聴き手を驚かせるためだけではない。
その場にいる人間が、一緒に楽しめるように開かれている。

だから、ここでの「成熟」は、音を複雑にすることではないのかもしれない。
自分が何をできるのかを証明し続けることでもない。
必要なら暗くできる。
必要なら明るくできる。
必要なら巨大にも、軽やかにもできる。
そして必要なら、自分が出発した場所まで戻ることもできる。
その自由こそが、経験によって手に入れたものなのだと思う。
若いメトロにとって、暗さは武器だった。
生き抜くための鎧だった。
しかし、生き抜いた後には、その鎧を脱いでいい。
そして、もう一度、自分が音楽を好きになった場所へ戻る。
低い808も、ホラー的なSEも、映画的な音響も知っている。
そのうえで、今度はもっと軽い音を鳴らす。

メトロ・ブーミンは、暗い音を捨てたのではない。
暗い音に守ってもらわなくてもよくなった。
だから『ア・フューチャリスティック・サマ』の明るさは、単なるポップ化ではない。
それは、長い競争を生き抜いたプロデューサーが、自分の音楽の原点に戻り、もう一度、音楽を楽しむ場所をつくった明るさなのだと思う。
そこにあるのは、音楽には「楽しいから踊る」という、とても単純な始まりがあったという感覚でもある。
ブロックパーティーで、DJがブレイクを繰り返す。

人が集まり、身体が動く。
そこに特別な理由がなくても、ビートが気持ちいいから、その場にいる。
『ア・フューチャリスティック・サマ』の反復や明るさには、そんな感覚が戻ってきている。
それは、メトロが過去に戻ったということではない。
過去にあった「楽しむための音楽」を、現在の自分の手で、もう一度つくっているということだ。
暗さの先にあったのは、さらに深い暗闇ではなかった。
勝つためでも、存在を証明するためでもなく、もう一度、みんなで踊るための音だった。

アーチボルド・モトリー・ジュニア ─ 暗い街の中に、祝祭をつくる
モトリーの絵を見ると、まず色が強く迫ってくる。
赤、紫、オレンジ、緑。
夜の街なのに暗くなく、人工照明に照らされた人々が画面いっぱいに動いている。
彼はシカゴ・サウスサイドのブロンズヴィルで暮らし、そこで生きる人々の日常──歩く、飲む、話す、踊る──を描いた。

大事件ではなく、誰かと過ごす時間そのものが重要だった。
ブロンズヴィルには差別や困難があった。
しかし、モトリーは人々を苦しみだけに閉じ込めない。

きれいな服を着て、恋人と歩き、酒を飲み、音楽に合わせて踊る。
その楽しみは現実逃避ではなく、現実の中に「別の時間」をつくる行為だった。
代表作《ナイトライフ》では、午前一時でもクラブは混雑している。

バーでは人が飲み、奥では踊り、ジュークボックスが光る。
人物の身体やテーブル、照明が斜めのリズムをつくり、空間そのものが音楽に揺れているように見える。
写実ではなく、誇張された色と圧縮された空間が、夜の祝祭を強調している。
モトリーの絵では、街の「暗さ」と夜の「明るさ」が矛盾しない。
厳しい生活の中でも、音楽が鳴り、人が集まり、身体が動く。

その瞬間だけ、街は別の場所になる。
ブロンズヴィルで育ったジャズやブルースの文化は、その後のシカゴの音楽文化にもさまざまな形で受け継がれていった。
その感覚は、後のブロックパーティーやヒップホップにも通じる。
場所も時代も違う。
それでも、「楽しいから踊る」という単純で強い始まりがある。

モトリーの絵には、その単純さと意地が残る。
暗闇を知らないから楽しむのではなく、暗闇の中でも楽しむことを手放さない。
だから彼の描く祝祭は、現実の中に自分たちで灯した明かりなのだ。
この祝祭の感覚は、メトロ・ブーミンの『ア・フューチャリスティック・サマ』とも遠く響き合う。

直接の影響はない。
しかし、音楽が人を集め、空間を一時的に変えてしまうという点では共通している。
かつてメトロの音には、低い808や不穏なSEによる「暗さ」があった。
それは競争の激しいヒップホップで、自分の場所を守るための鎧でもあった。

しかし、長くその場所を保ったからこそ、明るい音を選べるようになった。
モトリーの夜も同じだ。
昼のように明るいわけではない。
それでも人が集まり、音楽があり、午前一時でも踊っている。
暗い街の中で、そこだけ別の時間が流れる。
彼が描いた祝祭は、暗さの反対ではない。
暗さの中で、人が自分たちの手でつくったものなのだ。

シカゴの夜から、その後のソウル、ファンク、ハウス、そして別の都市のブロックパーティーやヒップホップへ。
音楽によって人が集まり、身体が動き、場所が変わるという感覚は、土地ごとに形を変えながら繰り返し生まれてきた。
モトリーとメトロは直接つながらない。
けれど二人の作品には、音楽が「場所」になるという共通の響きがある。

メトロが暗い音を捨てたのではない。
暗い音に守ってもらわなくてもよくなったのだ。
その先で待っていたのは、さらに深い闇ではなく、もう一度人が集まり、音楽を楽しむための空間だった。


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