混ぜすぎた美術史 37 ~ウラジーミル・タトリン

アート

ウラジーミル・タトリン(1885–1953、ロシア/ソビエト)

構築される未来

ロシア・アヴァンギャルドにおいて、芸術を最も直接的に社会へ接続しようとしたのがタトリンである。彼が問い直したのは、「何を描くか」ではなく、「芸術はどのように現実の中で機能しうるのか」という点だった。絵画を成立させていた枠組み——キャンバス、構図、再現——をいったん解体し、芸術を現実の構造の中へ組み込み直そうとしたのである。

出典:Artpedia/ウラジミール・タトリン「カウンター・レリーフ」

その最初の具体的な試みが、1914年以降の「カウンター・レリーフ」である。木材、鉄、ガラス、ワイヤーといった素材をそのまま用い、それらを壁の角に直接設置する。そこでは、素材同士の関係は構図によってではなく、重力や張力といった物理的条件によって決定される。作品はもはや平面上の像ではなく、現実の空間の中で実際の力に従って成立する構造体となった。

出典:Artpedia/ウラジミール・タトリン「カウンター・レリーフ」0,10展


ここでタトリンが行ったのは、単なる立体化ではない。絵画が前提としていた「見るための空間」を放棄し、「存在し、作用する構造」へと芸術を転換したのである。

出典:Artpedia/ウラジミール・タトリン「カウンター・レリーフ」

この発想は、やがて《第三インターナショナル記念塔》へと展開する。この計画では、巨大な螺旋状の鉄骨構造の内部に、立方体・ピラミッド・円筒といった幾何学体が配置され、それぞれが異なる周期で回転することが想定されていた。そこには立法、行政、情報伝達といった機能が割り当てられ、社会の活動そのものが時間と運動の構造として空間に組み込まれている。

出典:Artpedia/ウラジミール・タトリン「第三インターナショナル記念塔」

重要なのは、ここで設計されているのが単なる建築ではないという点である。タトリンは、会議が行われ、情報が流通し、人々が意思決定を行うという一連の社会的活動を、素材と構造によって再編しようとした。芸術はもはや鑑賞の対象ではなく、社会を動かす仕組みそのものへと拡張されている。

出典:Artpedia/ウラジミール・タトリン「第三インターナショナル記念塔」(復元)

この計画は実現されなかった。しかしそのことは本質ではない。タトリンが提示したのは完成された形ではなく、社会をどのように構築しうるかという設計原理であった。素材の選択、力学的関係、機能の配置——それらすべてが、現実を組み立てるための要素として扱われている。

出典:Artpedia/ウラジミール・タトリン「カウンター・レリーフ」

カジミール・マレーヴィチが絵画を極限まで還元し、視覚のゼロ地点を提示したとすれば、タトリンはその地点から出発し、現実をいかに構築するかへと踏み出した。彼にとって芸術とは、見るためのものではなく、動かし、機能させ、社会の構造を組み替えるための実験装置であった。

出典:Artpedia/ウラジミール・タトリン「カウンター・レリーフ」

整えられたカツカレーが崩れたあと、素材を分析するのではなく、タトリンは調理そのものの工程に介入する。どの素材を使うかだけでなく、火の通し方、配置、調理の順序、さらには厨房の設計そのものを組み替えることで、料理が成立する仕組み自体を変えようとするのである。 彼は皿の上の完成形を整えるのではなく、鉄とガラスと運動の構造によって“食べる行為そのもの”を再設計し、満腹ではなく運動を生み出すためのカツカレーを提示したのだ。

出典:Artpedia/ウラジミール・タトリン「カウンター・レリーフ」

コラム:膨張する構造、揺らぐスケール ― タトリン、ステラ、岡﨑乾二郎

タトリンのカウンター・レリーフにおいて起きたのは、皿の上に収まっていた料理が、わずかに縁からこぼれ出すような出来事であった。カジミール・マレーヴィチが提示した視覚のゼロ地点——すべてが一度取り払われた、いわば“コーラ”のように空白でありながら潜在的な動きを孕んだ状態から、構造は再び現実へと立ち上がりはじめる。平面として整えられていた関係はその均衡を崩し、空間へとにじみ出す。

出典:Artpedia/カジミール・マレーヴィチ「白の上の白」

レリーフとは、この“こぼれ”の最初のかたちである。画面の内部に閉じていた構造は外部へと接続され、作品は周囲の空間を巻き込みはじめる。この小さな逸脱は、その後の芸術において拡張され、増幅され、あるいは別の仕方で組み替えられていく。

その展開の一端を、ここで辿ることにする。

ウラジーミル・タトリンが提示したのは、素材と構造によって現実を組み立てるという発想であった。そこでは芸術は、社会の中で機能する装置として構想されている。構造は単なる形式ではなく、人や情報、行為の流れを組織するための具体的な仕組みであった。

出典:Artpedia/ウラジーミル・タトリン「カウンター・レリーフ」

しかしその後、モダニズムはこの構造をいったん芸術の内部へと引き戻す。絵画や彫刻は、それぞれのメディウムに固有の条件へと還元され、構造は社会との直接的な接続を失い、作品の内部原理として純化されていく。ここでは構造は、外部に働きかけるものではなく、視覚的体験を成立させるための秩序として機能する。

この純化が臨界点に達したとき、構造は再び外へとあふれ出す。その一つの到達点が、フランク・ステラの後期作品である。レリーフや大規模な作品群において、支持体は平面にとどまらず、壁面から空間へと拡張していく。ここで、かつての“こぼれ”はもはや制御可能な逸脱ではなく、構造そのものの膨張として現れる。巨大化した形態は鑑賞者の身体を取り込み、絵画は単なる視覚の対象ではなく、環境に近い存在へと変化する。

出典:Artpedia/フランク・ステラ

ここで重要なのは、スケールそのものが意味を持ちはじめる点である。大きさは単なる量ではなく、体験の質を規定する要素となり、構造は視覚ではなく身体に作用する圧力として現れる。モダニズムが内部へと閉じ込めた構造は、その純化の果てに、むしろ外部へと膨張し、鑑賞者を包み込む環境へと転じていく。

出典:Artpedia/フランク・ステラ

こうした状況に対して、別の応答が現れる。岡﨑乾二郎の「あかさかみつけ」シリーズにおいては、構造はもはや固定されたものとして提示されない。切り抜かれたような輪郭や展開図を思わせる形態は、建築の断片のようにも、模型の一部のようにも見え、その大きさや用途を一義的に決定することを拒む。

出典:Artpedia/岡﨑乾二郎の「あかさかみつけ」

タイトルとして与えられた「あかさかみつけ」という駅名は、特定の場所を指し示しながらも、意味を一つに固定しない。駅とは、複数の路線や人の流れが交差し、絶えず関係が生成され続ける場である。この名称は、作品の内容を説明するのではなく、むしろ関係が交差し続ける状態そのものを指し示している。

出典:Artpedia/岡﨑乾二郎の「あかさかみつけ」

その結果、作品は単一のスケールや視点に回収されることがなくなる。観者はそれを建築として見るのか、模型として捉えるのか、あるいは平面の構成として理解するのかを、その都度選び直さざるをえない。ここでは大きさは絶対的な尺度ではなく、関係の中で変化するものとなり、作品は固定された対象ではなく、認識の中で立ち上がる過程として現れる。

出典:Artpedia/岡﨑乾二郎の「あかさかみつけ」

これは、モダニズムが前提としていた作品と観者の関係——一定の距離とスケールのもとで成立する安定した視覚体験——を根本からずらす試みでもある。作品は完成された形式としてではなく、観者との関係の中で生成され続ける。

タトリンにおいて構造は社会を構築するための装置として現れた。それはやがて内部へと引き戻され、純化され、そしてステラにおいて外部へと膨張する。さらに「あかさかみつけ」において、構造は固定された枠組みを失い、関係の中で生成され、揺らぎ続けるものとして現れる。

構造は、作られるものから、あふれ出すものへ、そして定まらないものへと変化していくのである。

出典:Artpedia/ウラジーミル・タトリン「カウンター・レリーフ」

★モダニズムについての深掘り記事です。抽象表現主義からミニマル、ポストモダンあたりの流れについて論じてます。
コラム3:20世紀美術をふりかえる | それいけ!カツカレーカルチャリズムマシーン ~思考と余剰を駆動する美術史ブログ

コメント

タイトルとURLをコピーしました