ワシリー・カンディンスキー(1866–1944、ロシア)
音のような絵画 ― 形態の解放
カンディンスキーは、絵画が対象を描くという前提そのものを問い直した画家である。彼の絵画においては、風景や人物は次第に輪郭を失い、やがて明確な形としては現れなくなる。
この革新の背後には、20世紀初頭の精神的転換があった。急速な都市化と科学技術の発展によって、従来の価値観は揺らぎ、目に見える世界だけでは真実を捉えきれないという認識が広まりつつあった。こうした時代の空気の中で、カンディンスキーは芸術を精神の表現として再定義しようとしたのである。

彼は 神智学協会の思想やルドルフ・シュタイナーの人智学的教育に触れ、色や線、形態が持つ精神的・象徴的な力に注目した。シュタイナーの講義で描かれた黒板絵は、概念やリズムを即興的に可視化する手法であり、カンディンスキーの抽象表現の造形的ヒントにもなったと考えられる。ここで重要なのは、対象を描くことよりも、色や形の関係性、リズム、内面的必然性を画面に現すことに意味があるという点である。

さらに1909年、彼は 新ミュンヘン芸術家協会を結成し、1911年には 青騎士を創設した。フランツ・マルクらとともに芸術の精神的刷新を目指したこの活動は、抽象芸術誕生の重要な契機となった。
カンディンスキーはしばしば、自らの絵画を音楽になぞらえた。特にアーノルド・シェーンベルグの無調音楽との出会いは決定的であった。調性から解放された音楽に触れた彼は、絵画もまた対象から自由になり得ると確信したのである。
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こうして1910年頃、彼は具象を離れた最初期の抽象絵画へと到達し、1912年には著書『芸術における精神的なものについて』を刊行した。そこでは、色彩や形態が人間の精神に直接作用するという理論が提示されている。

それは、何かをどのように描くかではなく、そもそも何を描くのかという問いそのものを後退させる試みでもある。たとえば、山や木、人物といった対象は、色彩の響きや線の運動へと解体される。画面にはもはや固有のモチーフは存在せず、点や線、色面が緊張や調和、反復や対比といった関係によって秩序を形づくる。それらは外界を再現するためではなく、「内的必然性」に従って結び付けられる。

このとき絵画は、対象を写すものから、関係性や精神的リズムを生み出す場へと変わる。意味やモチーフに回収されないまま、色と形がそのまま画面を構成していく。
同時代の画家たちが対象を分解し再構成していたのに対し、カンディンスキーは対象そのものから離れることで、別の次元へと進んでいく。その結果として現れるのは、何かを表しているのかどうかさえ定かでない、不安定で開かれた画面である。

彼は色や形をきらきらと皿に盛りつけ、サクサクっと旋律や和音のように自由に響かせた。目に見えない感覚がトッピングされ、観る者はスプーンを手に取り、自分の中でその響きを味わい、かみしめるのだ。
PSコラム:カンディンスキーに影響を与えた思想・活動・音楽の背景
人智学協会(Theosophical Society)
19世紀末に設立された国際的な精神運動。目に見える世界の背後に霊的な次元があると考え、宗教・哲学・科学を統合して普遍的な真理を探求した。カンディンスキーはここから、色や形の精神的意味への関心を得た。


出典:Artpedia/人智学協会ロゴ
シュタイナーの黒板絵
ルドルフ・シュタイナーの講義で描かれた即興的な線や色の図示。概念やリズムを視覚化する手法で、対象を描くのではなく関係性を示すことに重点が置かれる。カンディンスキーの抽象表現は、ここから造形的ヒントを得たとされる。


新ミュンヘン芸術家協会(Neue Künstlervereinigung München)
1909年、カンディンスキーらによって結成された美術家グループ。伝統的な芸術様式にとらわれず、表現主義的な革新を試みた初期の活動が、抽象へのステップとなった。
青騎士(Der Blaue Reiter)
1911年に創設された表現主義グループ。フランツ・マルクらとともに精神性の刷新を目指し、芸術作品における色や形の精神的力を重視。カンディンスキーの抽象理論が具体的に試みられる場ともなった。


シェーンベルクの無調音楽(Arnold Schoenberg)
調性に縛られない音楽の革新。旋律や和音の自由な関係性は、カンディンスキーにとって色と形の配置を「精神的リズム」として扱うヒントとなり、抽象絵画の音楽的比喩の根拠となった。


カツカレーカルチャリズム画家列伝8 ~クリムト、カンデンスキー 編 | それいけ!カツカレーカルチャリズムマシーン ~思考と余剰を駆動する美術史ブログ

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