混ぜすぎた美術史 27 ~パブロ・ピカソ

アート

パブロ・ピカソ(1881–1973、スペイン)

崩れはじめた様式 ― 絵画の臨界点

20世紀初頭、世界はもはやひとつの視点から捉えられるものではなくなりつつあった。
その変化を、いち早く絵画の中で引き受けたのがパブロ・ピカソである。早熟な才能を持つ彼はパリに出て、新しい芸術潮流の只中で制作を続けた。

出典:Artpedia/パブロ・ピカソ「自画像」
出典:Artpedia/パブロ・ピカソ「サルタンバンクの家族」

その決定的な転換点となったのが、1907年に制作された《アヴィニョンの娘たち》である。この作品において彼は、セザンヌの構造的な視点やアフリカ彫刻、イベリア美術の影響を取り入れ、人体を鋭く分断された面によって再構成した。遠近法的な統一空間は解体され、複数の視点が同時に提示される。

出典:Artpedia/パブロ・ピカソ「アヴィニョンの娘たち」

しかし、この革新は単なる多視点表現にとどまらない。画面右側の人物に見られる仮面の造形は原初的で呪術的な力を帯び、仮面の深い彫りや粗削りなマチエールは画面全体へと拡張される。鋭角的でイガイガした形態は、絵画に触覚的かつ彫刻的な緊張をもたらした。こうしてピカソは、近代絵画の内部に原初的な造形感覚を導入したのである。

この原初性と多視点の構造は、やがてキュビスムへと結実する。ここで起きているのは、単なる様式の革新ではない。異なる時代や形式が、順序ではなく同時に扱われる状態の出現である。

出典:Artpedia/パブロ・ピカソ「マンドリンを持つ少女」

ピカソにおいて、様式は乗り越える段階ではなく、その都度取り出され、組み替えられる要素となる。キュビスムさえもひとつの形式として扱われ、古典的表現や新古典主義的均整、粗い筆致や歪んだ形態と並列される。彼は外部の美術史を混ぜただけでなく、自らのスタイルそのものを素材として扱い始める。

それは整えられた混成ではない。むしろ混ぜすぎた結果、どこまでがひとつの形式で、どこからが別の形式なのかが曖昧になる状態である。ピカソは時代を理論として捉えたのではない。まだ言語化されていない変化を、制作の中で先に実行してしまったのである。

出典:Artpedia/パブロ・ピカソ「藤椅子のある静物」

この制作構造は、社会との関係においても顕著に現れる。とりわけ1937年のスペイン内戦下で制作された《ゲルニカ》は、その象徴である。ドイツ軍による空爆を主題としたこの巨大な壁画は、パリ万国博覧会のスペイン館のために制作された。モノクロームの画面は報道写真を想起させ、断片的なイメージの並置は映画のカット割りのような構成を思わせる。そこでは造形的実験と政治的メッセージが不可分に結びついている。

出典:Artpedia/パブロ・ピカソ「ゲルニカ」

しかし、《ゲルニカ》に先立つ1932年、すでにピカソは様式の統合に到達していた。《赤い椅子に眠る女》において、キュビスムに由来する多視点性、歪められた形態、鮮やかな色彩、自由な線描は対立することなく溶け合い、完全に身体化されている。ここには、イズムを超えた「ピカソ様式」と呼ぶべき境地が見て取れる。

出典:Artpedia/パブロ・ピカソ「赤い椅子に眠る女」

重要なのは、この到達が《ゲルニカ》と並行して進んでいた点である。すなわちピカソは、社会的・政治的使命を担う一方で、自らの造形言語を統合し、作家自身をひとつの様式へと昇華させていたのである。この段階は、いわば芸術家の「キャラ化」と呼びうる。様式が人格と不可分となり、一目でそれと分かる存在へと結晶化した状態である。

この流れは晩年に至って決定的な形をとる。その最終地点といえるのが、1960年代後半に描かれたムスケティア(銃士)像である。とりわけ《剣を持つ銃士》は、その象徴的作品である。

出典:Artpedia/パブロ・ピカソ「剣を持つ銃士」

ここでは、古典絵画への憧憬、スペイン的伝統、キュビスムの変形、そして即興的な筆致が軽やかに統合されている。さらに、ヴァロリスでの陶芸制作に由来する、陶器の絵付けを思わせる装飾的な線と明快な色彩も見て取れる。大胆に簡略化された造形は生命力と自信に満ち、そこに漂うのは悲壮感やアイロニーではなく、創造することそのものへの肯定感である。

出典:Artpedia/パブロ・ピカソ「四つの顔 水差し」

こうしてピカソは、キュビスムの創始者から「ピカソ」というジャンルそのものへと変貌した。ムスケティア像は、その自由と円熟を象徴する最終的な自己像であり、ピカソ様式の完成を告げるものであった。

その結果として現れるのは、複数の時間や様式が同時に存在し、安定した構造を持たない絵画である。この状態こそが、現在へとつながっている。

出典:Artpedia/パブロ・ピカソ「ムスケティア(銃士)像」

現代とは、新しいスタイルを生み出す時代ではなく、既存のスタイルを同時に扱う時代なのである。

そしてピカソは、その先駆けとして、皿の上に過去と現在、異なる様式と自らのスタイルを同時に盛りつけ、それらを分けることなく差し出したのだ。

カツカレーカルチャリズム画家列伝13 ~ピカソ 編 | それいけ!カツカレーカルチャリズムマシーン ~思考と余剰を駆動する美術史ブログ

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