混ぜすぎた美術史 25 ~モーリス・ドニ

アート

モーリス・ドニ(1870–1943、フランス)

平面として定義される絵画

モーリス・ドニは、ナビ派を代表する画家であり、同時に理論家でもあった。彼の名前は、ある有名な言葉によって広く知られている。

「絵画とは、戦場の馬や裸婦や何らかの物語を表す前に、一定の秩序のもとに配置された色彩からなる平面である。」

この言葉は、絵画の本質を大きく言い換えたものである。それまで絵画は、何かを「描く」ものだった。風景や人物、宗教的な物語を再現することが中心にあった。

出典:Artpedia/モーリス・ドニ「ミューズたち」

しかしドニは、その前提を反転させる。
絵画はまず、平面として存在する。
そこに何が描かれているかよりも、色や形がどのように配置されているかが重要である。

装飾と意味の関係

ドニの絵画では、人物や風景は単なる再現ではなく、平面の中に配置される要素として扱われる。

出典:Artpedia/モーリス・ドニ 「緑の木々の下の行列」


色面は整理され、輪郭は強調され、画面は装飾的な秩序を持つ。

この感覚は、

  • 日本の浮世絵
  • 中世の宗教画

にも通じている。
つまり彼の絵画は、再現ではなく、構成された表面として成立している。

しかし重要なのは、ドニが意味を捨てたわけではないという点である。彼の作品には宗教的な主題や象徴が多く含まれている。ただしそれらは、物語として語られるのではなく、平面の構成の中に組み込まれている。

出典:Artpedia/モーリス・ドニ「聖なる森」

混成の制度化としての理論

この考え方は、単なる個人の表現にとどまるものではない。
ドニはそれを言葉として示し、他の画家たちも共有できる考え方へと変えた。ここで重要なのは、混ざり合った視覚を「特別な才能による表現」ではなく、誰もが扱える仕組みとして捉え直したという点である。

それまでにも、ゴーギャンやミュシャ、クリムトの作品には、異なる文化や様式が混ざり合う表現がすでに現れていた。
しかしそれらは、それぞれの作家の感覚や経験に依存した、いわば個別の試みにとどまっていた。

ドニはそこから一歩進み、「絵画とは何か」という根本のレベルでそれを捉え直す。

出典:Artpedia/モーリス・ドニ「受胎告知」

絵画とは、何かを写すものではなく、平面の上に色や形を配置し、その関係によって成り立つものである。このように考えたとき、異なる様式や文化の要素は、無理に統一される必要はない。それぞれをそのまま、平面の上に置き、関係づければよい。つまり混成は、偶然に起こるものでも、特別な表現でもなく、構成の方法として扱うことができるものになる。

ここにおいて初めて、混成は「やってみるもの」から再現可能な方法=共有できる形式へと変わる。
これが「制度化」と呼べる段階である。
それは学校や展覧会、理論や批評を通じて広まり、個々の作家の実験を超えて、美術全体の前提となっていく。

そしてこの考え方は、絵画を再現から切り離し、構成そのものへと向かわせることで、その後のモダニズムへと直接つながっていく。

出典:Artpedia/モーリス・ドニ「聖母月」

ドニの仕事は、絵画を再現から解放し、構成として捉え直すことにあった。

  • 色と形
  • 装飾と意味
  • 主題と平面

それらは対立するものではなく、同じ画面の中で関係として成立している。彼は絵画を、見るものから、組み立てられるものへと変えた。それは混成された視覚を、秩序として扱うための方法でもあった。
彼はひとつの皿に、構成と意味を盛ったのだ。

出典:Artpedia/モーリス・ドニ「マルトと子供」

カツカレーカルチャリズム画家列伝9 ~ドニ 編 | それいけ!カツカレーカルチャリズムマシーン ~思考と余剰を駆動する美術史ブログ

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