アルフォンス・ミュシャ(1860–1939、チェコ)
装飾として広がり、起源へと向かうイメージ
アルフォンス・ミュシャは、19世紀末から20世紀初頭にかけて活躍した画家・デザイナーである。
彼はアール・ヌーヴォーを代表する存在として、ポスターや装飾の分野で広く知られている。
ミュシャの特徴は、絵画を特別なものとして閉じるのではなく、流通するイメージとして開いたことにある。

パリで制作されたポスターは、劇場や街頭に貼られ、美は日常の中へと拡散していった。
そこでは女性像、植物の曲線、装飾的な枠組み、文字が、ひとつの統一された様式として組み合わされている。
この様式には、日本の浮世絵に由来する平面性や輪郭線、装飾的な配置の感覚が強く影響している。

いわゆるジャポニズムを経由した視覚の変化は、ミュシャの中で滑らかな装飾として再構成され、それがさらにポスターという形で大量に複製されていく。ここで起きているのは、単なる影響関係ではない。異なる文化の要素が、衝突することなく、様式として統一され、流通可能なイメージへと変換されているのである。
そしてこの流れは、日本にも逆流する。輸出された浮世絵がヨーロッパで再解釈され、ミュシャの装飾として整えられ、それが再び日本の漫画やデザインに影響を与えていく。


イメージは一方向に伝わるのではなく、往復しながら形を変え、増幅されていく。
しかしミュシャの仕事は、そこでは終わらない。

晩年に彼が取り組んだ《スラヴ叙事詩》では、これまでに獲得した装飾的な語彙を用いながら、スラヴ民族の歴史や神話が大きなスケールで描かれる。

流通し、洗練され、様式化されたイメージは、ここで再び、起源や共同体へと向かうのである。
それは単なる回帰ではない。
一度混成され、整えられた視覚を通して、新たに構成された「起源」のイメージである。

ミュシャの仕事は、装飾として広がるイメージと、民族的な物語とを、同時に成立させている。
それらは対立するものではなく、むしろ同じ構造の中に置かれている。 彼はひとつの皿に、装飾と民族を盛ったのだ。

カツカレーカルチャリズム画家列伝17 ~ミュシャ 編 | それいけ!カツカレーカルチャリズムマシーン ~思考と余剰を駆動する美術史ブログ



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