配置される感情 ― ストラヴィンスキー《プルチネラ》と編集的創造の起源

音楽

20世紀のはじまりに、作曲家が「自分の感情を書かない」という選択をしたとき、音楽は静かに別の道へ進みはじめた。イーゴリ・ストラヴィンスキーの《プルチネラ》(1920)は、その転換点を最も鮮明に示す作品である。ここには激情も告白もない。あるのは、すでに存在していた18世紀の旋律を、冷静に選び、切り取り、組み替えるという態度だけだ。しかし、その冷たさこそが、20世紀文化の感覚を先取りしていた。

《プルチネラ》はしばしばネオクラシシズムの出発点として説明されるが、それはこの作品の半分しか語っていない。ネオクラシックという言葉が示唆する「秩序への回帰」や「古典的均衡」は、結果として現れているにすぎず、本質はそこにはない。むしろ《プルチネラ》は、過去を取り戻すための音楽ではなく、過去を素材として扱うことが初めて全面的に可能になった瞬間を記録した作品である。

イーゴリ・ストラヴィンスキー

ストラヴィンスキーは、18世紀イタリア音楽、主にペルゴレージ周辺に帰せられていた旋律を用いながら、それを「尊重」することにほとんど関心を払っていない。旋律線は比較的原形をとどめているが、リズムは細かく断ち切られ、拍の重心は意図的にずらされる。和声は古典的な機能和声をなぞるふりをしながら、唐突な不協和や調性感の揺らぎを差し込む。その結果、音楽は懐かしさと異物感を同時に帯びる。この二重性こそが、《プルチネラ》の聴取体験を決定づけている。

ここで重要なのは、この違和感が作曲家の内面から噴出したものではないという点だ。ストラヴィンスキーは感情を否定したのではない。感情を作品の表層に表現するという方法を、意識的に放棄したのである。感情は旋律の高揚として語られるのではなく、形式のズレや構造の緊張として配置される。聴き手は共感するのではなく、気づいてしまう。音楽が「作られている」こと、操作され、編集されていることに。

この態度は、第一次世界大戦後という歴史的状況と深く結びついている。ロマン派が信じた内面の真実、個人の情熱、精神の高揚は、20世紀初頭においてもはや無垢な価値ではありえなかった。理想や感情が、いかに容易に集団的熱狂や暴力へと転化するかを、ストラヴィンスキーの世代は現実として目撃している。だからこそ彼は、感情を語ること自体に距離を取り、作曲家を「表現者」から「配置者」へと変貌させた。

《プルチネラ》の制作経緯を見ても、この姿勢は明らかである。ディアギレフからの依頼は、当初ペルゴレージ作品の編曲という、いわば実務的な仕事だった。しかしストラヴィンスキーは、それを単なる編曲では終わらせなかった。原曲を生きた伝統として再生するのではなく、分析可能な断片として扱い、現代的な感覚の中に再配置した。ここでは、過去は敬意の対象ではなく、操作可能なリソースである。

この「引用の態度」そのものが、近代的である。引用できるということは、信仰していないということだ。崇拝の対象は、加工できない。ストラヴィンスキーは18世紀音楽を愛していたかもしれないが、それを不可侵の規範とは見なしていなかった。だからこそ旋律を残しながら、意味を変えることができた。創造は、無からの発明ではなく、既存のものに新しい関係を与える行為へと転位している。

この構造は、美術においてマルセル・デュシャンが行ったレディメイドと驚くほど近い。デュシャンは、作家の技巧や内面表現をほとんど介在させず、既製品を選び、美術の文脈に置くことで作品を成立させた。重要なのは「作ったかどうか」ではなく、「選び、どこに置いたか」である。《プルチネラ》におけるストラヴィンスキーも同様で、作曲家はもはや旋律の創造者ではなく、編集者として振る舞っている。

マルセル・デュシャン

アンディ・ウォーホルの反復も、この編集的創造の論理を視覚的に明確化した。ウォーホルは感情表現を徹底的に排除し、同一イメージを機械的に反復する。しかし、感情が消えたわけではない。むしろ反復が生む空虚さや不安、過剰さが、見る者の側に強い感情を呼び起こす。感情は作品の内部で語られるのではなく、構造として外在化される。この感情の所在の移動は、《プルチネラ》と完全に共振している。

アンディ・ウォーホル

DJ文化やサンプリング音楽は、この構造をさらに先鋭化させる。DJは新しい音を発明しない。既存の音源を選び、切り貼りし、配置する。創造性は素材の新規性ではなく、関係性の設計に宿る。ここで《プルチネラ》は、20世紀文化の原型として再定位される。ストラヴィンスキーは、まだ「サンプリング」という言葉が存在しない時代に、すでにその思考を音楽として実践していたのである。

この構造は、日本のポピュラー音楽、とりわけJ-popにも自然につながる。J-popはリズムや形式において欧米音楽を参照しながら、コード進行や装飾音、転調感覚に独自性を持つと言われる。ここで西洋音楽は模倣の対象ではなく、翻訳可能な素材である。感情は歌詞の直接性よりも、コードが切り替わる瞬間や、旋律に挿入される微細な装飾音の揺らぎに宿る。この感情の在り方もまた、ストラヴィンスキー的である。

ここでカツカレーカルチャリズムという視点を導入すると、この一連の流れはさらに明瞭になる。カツカレーは、西洋由来のカツと、日本的に変容したカレーが、融合することなく同一の皿に並置された料理である。そこに純粋性はない。しかし、その不純さが「おいしさ」として肯定される。異なる要素が混ざらないまま共存すること、それ自体が価値となる。

《プルチネラ》は、音楽における最初期のカツカレーカルチャリズム的実践と捉えることができる。18世紀音楽という「カツ」と、20世紀的リズムと和声という「カレー」は、溶け合うことなく並べられる。その違和感が、新しい味覚を生む。ストラヴィンスキーは統合を目指さなかった。ただ配置した。その結果、近代以後の文化を貫く編集的創造のモデルが、ここに成立したのである。 《プルチネラ》は、過去を再現する作品ではない。それは、過去を扱う方法そのものを更新した作品である。感情を語らず、純粋を目指さず、異物を排除しない。この態度は、20世紀以後の音楽、美術、ポピュラー文化に連なるひとつの成熟の形を示している。ストラヴィンスキーは、新しい音楽を書いたのではない。新しい「作り方」を書いたのである。

コメント

タイトルとURLをコピーしました