カツカレーカルチャリズム画家列伝24 ~岡本太郎 編

アート
出典:This is Media/岡本太郎「森の掟」

岡本太郎 ― 爆発する混成の哲学と社会的ネットワーク

岡本太郎は、日本美術史における最大の“爆発的煮込み”である。彼の芸術は、近代と原始、理性と本能、芸術と日常といった相反項を一つの鍋で煮立てる行為そのものだった。その根底にあるのは、「対立のエネルギーこそ生命である」という思想であり、調和よりも“衝突の美”を肯定する態度である。異なる文化や感情を共存させ、爆発的な「味の共鳴」を生む――すなわちカツカレーカルチャリズム的精神の具現化である。

岡本は芸術家の家系に生まれ、幼少期から文化的磁場の中で育った。父・一平は明治から大正にかけて活躍した風刺画家で、政治や文化界に幅広い人脈を持ち、母・かの子も小説家として文学界に根を下ろしていた。こうした環境は、太郎に芸術と文学の双方から感受性を磨く機会を与え、のちのパリ留学や文化人類学的学び、さらには公共性の高い芸術活動への間接的な後押しとなった。

若くしてパリに渡った岡本は、ソルボンヌ大学でマルセル・モースらの文化人類学に触れ、同時にシュルレアリスム運動の最盛期を体験する。理性中心の近代が抑圧してきた「無意識」「夢」「偶然」の力を学び、芸術を「理性」ではなく「生命の衝動」として再定義する契機を得た。しかし同時に、異文化の中で自分の感性との“ずれ”に直面し、強い戸惑いを抱いたことも想像できる。この経験は、帰国後に縄文土器やアフリカ彫刻、原始的造形の美に惹かれる原点となった。西欧的モダニズムを外側から観察する目を持ちながら、自国文化の美学を再発見した稀有な芸術家として、岡本は独自の道を切り拓いた。

出典:This is Media/岡本太郎「夜」

岡本の言葉は、作品以上に生々しい説得力を持つ。「芸術は爆発だ!」は単なる気勢ではなく、異質なもの同士が化学反応を起こす瞬間の比喩であり、芸術とは既存の形式が崩れ、異物が混ざることで新しい生命が生まれる“文化的発酵”の行為を指す。彼の絵画、彫刻、陶芸、書、デザインはすべて、発酵しすぎて爆発寸前のエネルギーを孕み、「具を入れすぎたカレー鍋」を敢えて沸騰させるような作為を示す。この態度は、モンドリアンらの「形式的純度」を目指すモダニズムとは正反対であり、岡本は矛盾や不純さを抱えたまま生きることを芸術とみなした。興味深いのは、この言葉の力強さと、中後期の作品に見られる軽やかでポストモダン的な表現との乖離である。言葉が哲学や思想を語る一方、作品は観る者の体験に委ねられ、象徴やユーモアを伴った柔軟な創作となる。ここに、岡本の「信念の体感化」と「創作体験の純化」が現れている。

1970年の《太陽の塔》は、岡本思想の結晶である。三つの顔が「過去」「現在」「未来」を象徴し、内部には縄文的トーテムと機械的構造物が共存する。神話・科学・民俗・未来が一体化した“文化的カツカレー”は、合理主義的建築や抽象主義的造形とは異なり、「文明と原始」「科学と呪術」「近代と神話」の衝突をそのままエネルギー化する装置である。巨大作品ゆえに、行政や企業、建設技術者といった社会的支援が不可欠であり、岡本一人の力では実現できなかった。ここには、家族の文化的ネットワークや戦後の公共事業の追い風、文化人や批評家の理解と支援が複合的に作用していた。また、太陽の塔内部の展示では、縄文土器や原始美術の造形が未来的機械装置と混ざり合い、岡本がフランスで学んだ文化人類学的知見と自国文化の美学が統合されている。

出典:This is Media/岡本太郎「生命の樹(太陽の塔内部)」

岡本はまた、芸術を象牙の塔から引きずり下ろした最初期の日本人作家の一人である。絵画、壁画、彫刻、公共アートに至るまで、「鑑賞」よりも「参加」を志向し、テレビ出演や雑誌露出を通じて芸術を社会の中心に再配置する実験を続けた。公共性の高い作品の多くは、行政・技術・企業・文化人脈の支援を受けて成立しており、家族や旧知の文化ネットワークも重要な後ろ盾となった。こうした社会的ネットワークが、岡本の大胆なプロジェクトを現実化する土台となったのである。

中後期の作品は、前期のような超越的信念や精神性よりも、モダンの精神を引き継ぎつつポストモダン的な遊びや象徴性が前面に出る傾向がある。超越性や絶対的な美を追求するのではなく、何も信じない創作体験そのものに価値を置く。その結果、言葉と作品の乖離が生じる。言葉が哲学や思想を語る一方、作品は観る者の自由な解釈に委ねられ、創作のエネルギーを直接体感させる場となる。

出典:This is Media/岡本太郎「明日の神話」

さらにこの時期、岡本は社会的・文化的イベントと作品制作を結びつけることにも熱心であった。例えば、1971年の名古屋市美術館の展示では、子どもから高齢者までが参加できるワークショップ型の空間を設計し、鑑賞だけでなく制作体験を通じて芸術を「生きる行為」として体験させた。こうした取り組みは、彼の思想の「爆発する生命力」を社会に拡張する試みであり、パブリックアートが単なる巨大造形ではなく、社会実験として機能する例でもあった。

岡本にとって美とは、清潔や秩序ではなく、「爆発しながら生きること」そのものだった。伝統を模倣するのではなく、伝統と現代を衝突させ、新たな火花を生む。民芸、都市文化、広告、政治、民俗信仰――あらゆる“味の違う素材”をためらいなく混ぜ合わせ、時代を素材として煮詰めた「文化のスープ」を提示した。総体としての岡本太郎は、作品・思想・言葉・行動が渾然一体となった「文化現象」であり、理性と野生、伝統と前衛を同時に煮込むことで新たな生命を立ち上げた。カツカレーカルチャリズム的に言えば、岡本太郎とは「ごった煮を恐れぬ勇気」を哲学にまで昇華した創造者であり、日本の芸術がカツカレーになった瞬間を象徴する存在なのである。

出典:This is Media/岡本太郎「母の塔」

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