カツカレーカルチャリズム画家列伝70 ~ウィンタース 編

アート

芽生える抽象 ― テリー・ウィンタースと無意識の形態学

出典:Artpedia/テリー・ウィンタース

時代に回収されない絵画

テリー・ウィンタースはしばしば、1980年代以降のアメリカ絵画の文脈で語られる。しかし彼の作品に向き合うとき、「ネオポップ」や「ネオエクスプレッショニズム」といった時代区分は、説明として決定的な力を持たないことに気づかされる。具象と抽象、有機と幾何、感情と構造が同時に存在しながら、どの陣営にも完全には属さない。その曖昧さこそが、ウィンタースの絵画を今日まで有効なものにしている。

彼の画面に現れるのは、つくしや植物の芽、あるいは細胞やミトコンドリアを想起させる形態である。しかしそれらは自然の再現ではなく、名称を与えられる直前の「形の予感」として描かれている。背景は特定の風景や空間を示さず、抽象表現主義を思わせるフラットさと奥行き感が同居する。その無記名の空間から、形態が浮上してくる。この構造は、物語を語ることよりも、絵画が成立する瞬間そのものを提示しているように見える。

結果としてウィンタースの絵画は、時代性を強く主張しない。むしろ、時代のラベルから距離をとることで、鑑賞者の感覚や無意識に直接触れる回路を保ち続けている。流行や文脈に回収されにくいという点で、彼の作品は静かだが頑強な存在感を持っている。

出典:Artpedia/テリー・ウィンタース

芽・細胞・反復 ― ウィンタースの形態の魅力

ウィンタース作品の最大の魅力は、画面に現れる形態そのものの引力にある。植物の芽、菌類、細胞分裂の瞬間を思わせるモチーフは、生命の始原的なイメージを喚起するが、それが象徴や寓意として固定されることはない。形は反復され、増殖し、わずかに変異しながら画面を構成する。この反復は装飾的であると同時に、観る者の視線を画面内部へと引き込むリズムを生む。

背景はしばしば均質で、具体的な奥行きの手がかりを欠いている。しかしその上に描かれる形態は、層を成し、前後関係を暗示し、独特の空間感覚をつくり出す。モダニズム的な平面性と、触覚的な奥行きが同時に成立している点が、ウィンタースの絵画を不思議なものにしている。

出典:Artpedia/テリー・ウィンタース

この形態への執着は、写真家カール・ブロスフェルトを想起させる。ブロスフェルトが植物を拡大し、類型として提示したように、ウィンタースもまた、自然に内在する形の反復性や構造美に強い関心を寄せている。ただし両者の決定的な違いは、ウィンタースがそれを観察の対象としてではなく、絵画的生成のプロセスとして扱っている点にある。写真的記録ではなく、描く行為の中で形が立ち上がってくる。

この意味で彼の絵画は、「生命を描く」のではなく、「生命的なプロセスで描く」試みといえる。形態は完成形ではなく、常に途中段階にある。その未完性が、画面に緊張と持続性を与えている。

出典:Artpedia/カール・ブロスフェルト

収集と無意識 ― ブロスフェルトからベッヒャーへ

ウィンタースの反復的形態を見ていると、ブロスフェルトだけでなく、ベッヒャー夫妻による水塔や工業建築のタイポロジーも連想される。一見無関係に見えるこれらの仕事には、人間の心理に深く根ざした「収集への欲望」が共通している。

出典:Artpedia/ベルント&ヒラ・ベッヒャー

似たものを集め、並べ、差異を浮かび上がらせる。その行為は合理的であると同時に、どこか無意識的でもある。ウィンタースの画面における形態の反復もまた、分類や分析を目的としながら、その背後で説明不能な魅力を放っている。観る者は理由を言語化できないまま、引き寄せられる。

ここで重要なのは、これらが「印象操作」や恣意的な連想ではなく、人間の認知構造に根ざした感覚であるという点である。形の類似性や反復は、意味以前のレベルで安心感や興味を喚起する。ウィンタースは、その無意識層に直接働きかける視覚言語を、絵画として洗練させている。

したがって、ブロスフェルトやベッヒャーとの比較は的外れではない。むしろ、ウィンタースの作品が、時代や地域を超えて共有される感覚の深層に接続していることを示す補助線として機能する。

出典:Artpedia/テリー・ウィンタース

描く行為としてのカツカレーカルチャリズム

今日、絵画において「何が描かれているか」を解釈する態度は、古典的なものとされがちである。むしろ「なぜ描くのか」「描く行為そのものが何を生むのか」が問われる時代である。その意味でウィンタースの作品は、きわめて同時代的である。

彼の絵画は、自然科学的イメージ、モダニズムの平面性、抽象表現主義の身体性といった異なる要素を、対立させることなく同一画面に共存させている。この混成性は、カツカレーカルチャリズム的な感覚と親和性が高い。純粋性を志向するのではなく、異質なものが並置され、結果として新しい味わいが生まれる。

背景から芽が出るように現れる形態は、特定のメタファーに回収されない。その曖昧さが、鑑賞者に解釈ではなく「感受」を促す。見ること、描くこと、考えることが分離されず、同時に進行する場として絵画が機能する。 ウィンタースの今日性は、メッセージ性や批評性の強さにあるのではない。むしろ、描く行為を通じて、無意識的な秩序と混成の美学を静かに提示し続けている点にある。その絵画は、理解されることよりも、繰り返し見られることで力を発揮する。そこに、時代を超えて有効であり続ける理由がある。

出典:Artpedia/テリー・ウィンタース
出典:Artpedia/テリー・ウィンタース

コメント

タイトルとURLをコピーしました