カツカレーカルチャリズム画家列伝60 ~キーファー 編

アート

重さと記憶の積層 ― アンセルム・キーファーの戦後的物質感と現代的アクチュアリティ

出典:Artpedia/アンセルム・キーファー

二十年以上前、セゾン美術館で開催されたアンセルム・キーファーの《メランコリア》展を訪れたときのことを思い返す。広大な展示空間には、鉛や灰、藁、破れた書物といった素材で構成された絵画群が静かに、しかし圧倒的な存在感をもって並んでいた。遠近感や奥行きの強烈な演出は、ただ視覚的に眺めるだけではなく、観る者の身体感覚に直接作用するようであった。とりわけ本に翼が生えたオブジェや鉛のベッドが連なるインスタレーションは、歴史的悲劇や神話的象徴を前面に押し出す演出が鼻につくこともあった。しかしその圧倒的物質感と遠近感の迫力に、筆者は単純な興奮や感動を覚えざるを得なかった。キーファーの作品には、見る者を空間に立たせ、時間の重みを感覚的に体験させる力がある。圧力と余白が同時に存在するその体験こそ、彼の魅力の根幹である。

出典:Artpedia/アンセルム・キーファー

キーファーの絵画における物質感は、同時代の画家たち、たとえばシュナーベルの皿のようなテクスチャ的質感とは明確に異なる。鉛や灰、藁、古文書の断片は単なる触覚的なリアリティではなく、時間の厚みと歴史の積層を宿す物質として機能する。層として重ねられた鉛や灰は、制作の痕跡であると同時に、戦争や廃墟、消え去った記憶の象徴でもある。遠近感の操作や物質の配置は、視覚的な奥行きとして現れるだけではなく、過去と現在が同時に押し寄せる時間の体験を作り出す。観る者は単なる一瞬の視覚情報ではなく、時間の幅や記憶の厚みに立ち会うことになる。

出典:Artpedia/アンセルム・キーファー

この物質感と時間の厚みは、キーファーの生い立ちや戦後ドイツの歴史的文脈と切り離すことはできない。彼は第二次世界大戦後に生まれ、幼少期からドイツの戦後社会と歴史の痕跡に接してきた。瓦礫の残る街、戦争の記憶を刻んだ建物、社会の沈黙や忘却。キーファーは絵画を通じて、過去を消化するだけではなく、歴史の痕跡を物質として再現することで、戦後世代の感覚と向き合うことを試みたのである。鉛や灰、破れた書物は、単なるマテリアルではなく、戦争と記憶の重さを具現化する装置である。彼の制作動機は、個人的な体験の再現ではなく、社会的・歴史的記憶を視覚的に物質化することで、観る者に立ち止まり、味わい、考えさせることにある。

そのため、キーファーは絵画という形式を選ぶことで、象徴や歴史の重みを耐えられる形で提示することに成功している。インスタレーションでは鉛のベッドや翼の生えた本が空間を占拠し、観る者を物理的に巻き込み、感情的・倫理的な圧力を強制する。絵画では、壁にかけられ、観る距離を自分で選べるため、観客は象徴や悲劇の洪水に圧倒されることなく、自分のペースで味わうことができる。文字や写真、古文書の断片は断片的で未完なため、観客は意味を読み切ることができず、象徴の圧力は間接的で安全なものとなる。キーファーの絵画は、歴史や時間の厚みを強烈に提示しながら、観る者に思考の余白と解釈の自由を残すのだ。

出典:Artpedia/アンセルム・キーファー

現代の情報過多で非物質化した社会において、このキーファー的物質感と時間の厚みは特別な価値を持つ。SNSやデジタルコンテンツは瞬時に消費され、時間の連続性や物質的厚みを実感することは難しい。キーファーの絵画は、鉛や灰、藁や書物の断片を通じて、過去の痕跡と時間の積層を身体感覚として呼び戻す。観る者は、単なる瞬間の情報ではなく、時間の幅に支えられた体験として作品を味わうことで、心理的・感覚的な活力を得る。人間は生きているのが瞬間瞬間であっても、記憶や過去の積み重ねがなければ、感情や行動の持続力は失われる。キーファーは、戦後の経験と制作を通じて、この時間の厚みの必要性を、物質と象徴の重層を通して体感させるのである。

この体験は、現代のデジタル世界や音楽体験とも接続可能である。『マインクラフト』や『あつまれ どうぶつの森』では、ブロックや家具の配置、島の整備といった行為が、時間の積み重ねとして世界に痕跡を刻む。プレイヤーはその痕跡を通して、自らの行為と時間の連続性を実感する。ワグナーの楽劇も同様に、音楽、舞台、神話的象徴の統合によって長時間にわたり象徴と時間の厚みを体験させ、観客に陶酔や活力を与える。キーファーの絵画、デジタルゲーム、ワグナーの楽劇はいずれも、瞬間だけではなく、積み重なった体験を通じて人間の感覚と記憶に作用する装置である。

出典:Artpedia/アンセルム・キーファー

さらに、キーファー作品のアクチュアリティは、カツカレーカルチャリズム的な視点でも興味深い。異素材や歴史・神話の重層は、文化的・歴史的境界を横断する多文化的な感覚を観る者に提供する。鉛や灰、藁、破れた書物の重厚さは、単なる悲劇や記憶の提示ではなく、余剰性や美味しさ、感覚的な映えとしても作用する。観る者は、重厚な物質感と象徴の洪水の中に、微細な遊びや感覚の快楽を見出すことができる。カツカレーカルチャリズム的には、こうした異文化混在や余剰性が、歴史や物質の重さを和らげ、同時に身体的・感覚的な満足を生み出すのである。

キーファーの絵画は、戦後ドイツの記憶を体現し、現代の非物質化社会に対抗する装置である。鉛や灰、藁や書物の積層は、過去と現在をつなぎ、観る者に時間の厚みと物質の重みを体験させる。人間は瞬間だけで生きているわけではなく、記憶や時間の連続性に支えられて活力を得る。キーファーの作品は、絵画としての耐性と、時間・歴史・象徴の積層、そしてカツカレーカルチャリズム的な感覚の余白を同時に提供することで、現代における稀有な体験装置として機能する。観る者は単なる鑑賞を超え、時間の厚みと物質の存在を味わい、記憶と歴史の連続性を身体的に実感することができるのである。

出典:Artpedia/アンセルム・キーファー

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