コラム・アート概論

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コラム19:同時化としての近代絵画 ― 制作条件と経済、そして幸せ

美術史はしばしば様式や技法、主題の変化によって語られる。しかしその背後には、ほとんど語られないもう一つの条件がある。 それは、画家がどのように生計を立てていたかという問題である。 この条件は単なる生活事情ではなく、作品の構造そ...
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コラム18:トランスアヴァンギャルディアの再定位とカツカレーカルチャリズムの現代性 ― キア、クレメンテ、クッキをめぐって

トランスアヴァンギャルディアとは何であったか 1970年代末のイタリアにおいて提起されたトランスアヴァンギャルディアは、コンセプチュアル・アートや制度批判的実践を経た後に、再び絵画とイメージへと回帰する動向であった。その理論...
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コラム17:〈制度に収まりきらない教科〉としての図画工作・美術 ― 身体性が支えてきた教育課程

評価に収まらない教科の違和感 図画工作や美術にかかわった経験をもつ者であれば、一度は「評価」に対する強い違和感を覚えたことがあるだろう。作品の出来を点数に置き換えることへの抵抗感、活動の途中で生まれた揺らぎや迷いを、観点別評価の言葉...
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コラム16:描いてしまうことのために ― 完成以前の時間とアートの倫理

作品になる前の時間 ― 描いてしまう行為の肯定 人が絵を描く最初の動機は、表現でも評価でもないことが多い。ただ手を動かしてしまうこと、描かずにはいられない時間がそこにあるだけだ。子どもが遊びの延長として線を引き、社会から一時的に距離...
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コラム15:マーブリングする世界 ― カツカレーカルチャリズムという思考

カツカレーの構造になぞらえながら、多文化が「混ざりきらないまま共存する」あり方を考える。アートや社会における異文化の出会い、境界、余白が生む面白さやケアの感覚を、身近な比喩で読み解く。
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コラム14:冷めても噛める ― カツカレーカルチャリズム的制作倫理

カツカレーの構造になぞらえながら、多文化が「混ざりきらないまま共存する」あり方を考える。アートや社会における異文化の出会い、境界、余白が生む面白さやケアの感覚を、身近な比喩で読み解く。
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コラム13:出会いの設計 ― 宿らせない表現のための覚書

完成ではなく、遭遇としての作品 作品は、完成した瞬間に閉じるのではなく、鑑賞者との出会いの瞬間に開く。この視点の転回は、近年の絵画や現代美術の受容を考えるうえで、ますます重要になっている。主題やコンセプト、社会的メッセージの...
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コラム12:とどめる力としての絵画 ― 流れすぎる世界と身体性

あーとむーす画 アクリル B4 流れすぎる世界の中でとどめること ― AI時代の絵画と身体性 近代以降の表現を振り返ってみると、私たちはいつのまにか、作品が語り、主張し、意味を提示することに慣れてきたことに気づかされる。とりわ...
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コラム11:判断の宙づりとしての芸術 — カツカレーカルチャリズムと価値生成の条件

あーとむーす画 アクリル B4 完成度の時代と「わかってしまう」絵画 2000年前後以降、フィギュラティヴな絵画において、完成度の水準が一気に引き上げられた。描写は滑らかになり、筆触は抑制され、画面は均質で洗練されたものへと変...
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コラム10:宙づりの現在地 ― 成立条件以後の絵画の立ち位置について

あーとむーす画 アクリル B4 現代絵画をめぐる違和感は、特定の様式や作家に還元できるものではない。それはむしろ、絵画がどこに立っているのか、あるいは立つこと自体が可能なのか、という位置の問題として現れている。完成度は高く、表面...
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