結晶するレゲェ ― 『ナッティ・ドレッド』とボブ・マーリーの地点

音楽

レゲェは、完成された民族音楽として突然現れたわけではない。それはむしろ、混成が混成のまま放置され、整理されきらない状態で鳴り続けた結果として、ある地点で「そう呼ばれるようになった音楽」だった。ジャマイカという島が背負ってきた植民地支配の歴史、アフリカ系ディアスポラの記憶、都市キングストンの急速な人口集中、そしてアメリカ文化の流入。これらは互いに統合されることなく、緊張を孕んだまま同時に存在していた。その緊張そのものが、レゲェ以前の音楽的状況を形づくっていた。

メントという土着的な民衆音楽に、R&Bやジャズのリズム感が流れ込み、祝祭性と速度を前面に押し出したスカが生まれる。やがてその速度は落ち、演奏は間引かれ、低音が異様な存在感を放ち始める。ロックステディからレゲェへの移行は、音楽史的な進化というよりも、都市の空気が変質した結果だった。失業、貧困、抑圧、そして出口の見えない時間の中で、身体が自然と選び取ったテンポと重心が、音楽のかたちを変えていったのである。

ここで重要なのは、この流れが決して「純化」ではなかったという点だ。レゲェはしばしば民族音楽のように語られるが、その成立過程は一貫して混成的であり、翻訳的だった。アフリカ的な記憶はリズムや低音の感覚として残りつつも、それが提示される場は録音スタジオであり、スピーカーであり、国際的な流通網だった。ローカルでありながら、最初から世界に開かれていた。このねじれた状態こそが、レゲェの本質である。

この構造は、カツカレーカルチャリズムの視点から見るとより明確になる。カツカレーとは、本来別々の文脈をもつ要素が、互いを溶かし合うことなく、しかし同じ皿の上で成立している状態である。とんかつはカレーにならず、カレーは白飯を説明しない。それでも一皿として成立してしまう。この「成立してしまう」という事実そのものが、文化の混成におけるリアリティを示している。レゲェもまた、アフリカ性、アメリカ性、イギリス的近代性が整理されないまま並置され、しかし音楽として強度を持ってしまった存在だった。

ボブ・マーリーという人物は、その混成性を身体的に引き受けた存在である。白人の父と黒人の母の間に生まれ、農村と都市を行き来し、キングストンの貧困地区で音楽に出会う。彼の出自そのものが、単一の物語に回収されない。初期のマーリーは、ラスタファリ的な預言者像とはほど遠く、むしろアメリカR&Bに強く影響された若者文化の延長線上にいた。甘いコーラス、流行歌的な構成、ダンスミュージックとしての感覚。そこには「純粋な伝統」を守る姿勢よりも、「使えるものを使う」実践があった。

マーリーは当初から翻訳者だった。ラスタファリズムと出会い、その思想を自身の音楽に取り込んでいくが、それは内向きの宗教音楽への回帰ではなかった。むしろ彼は、思想をそのまま音楽に載せることの危険性を直感的に理解していたように見える。プロデューサーであるクリス・ブラックウェルの存在も含め、マーリーの音楽はロック的なアルバム構成や、国際市場に通用する音像を積極的に取り入れていく。その姿勢は、迎合というよりも、生存戦略だった。

異なる文化要素を混ぜることは、裏切りではなく必然だった。ここでもカツカレーカルチャリズムが有効な視座となる。マーリーの音楽は、どれか一つの要素に回収されない。ラスタの言葉はロックのフォーマットに乗せられ、ジャマイカの現実は美しいメロディによって包まれる。その結果、誰にとっても「わかる」音楽として届いてしまう。この「わかってしまう」感じこそが、後年マーリーを象徴化し、純粋化していく原因にもなった。

1974年に発表された『ナッティ・ドレッド』は、そうした混成が最も良い温度で保たれていた瞬間を捉えている。後年の作品に見られる明確な教義性や象徴性はまだ前面に出ておらず、かといって初期の模索段階でもない。怒り、祈り、希望が分離される前の状態で、同時に鳴っている。このアルバムが特別なエネルギーを持つのは、複数の要素が衝突せず、説明されることなく共存しているからだ。

ジャマイカの路上の現実、ラスタの言語、国際ポップの文法。それらは「意味」としてではなく、「音」として成立している。メッセージは確かに存在するが、説教にはならない。政治性はあるが、スローガンには還元されない。美しいメロディとコーラスが、思想を身体に浸透させる。これは思想を主張する音楽ではなく、思想が染み出してしまう音楽である。

カツカレーカルチャリズム的に言えば、『ナッティ・ドレッド』は混成が最もおいしい状態で止められた一皿だ。まだ「正しいレゲェ」というレシピが確立する前、混ぜ物であること自体が力を持っていた。どれかを減らせばバランスが崩れ、どれかを強めれば説得力を失う。その危うい均衡が、アルバム全体を通して保たれている。

しかしこの結晶は、同時に正典化への入口でもあった。『ナッティ・ドレッド』以降、ボブ・マーリーは急速に象徴化されていく。彼のイメージは国家や観光産業、音楽産業に取り込まれ、レゲェは「正しいレゲェ」としてジャンル化される。その過程で、混成性は見えにくくなり、精神性や純粋性だけが強調されるようになる。これは成功の代償だった。

だが、レゲェそのものは止まらなかった。ダブ、ダンスホール、デジタル・レゲェ、UKレゲェといった動きは、常に正典から逸脱するかたちで更新されてきた。それらはしばしば「レゲェらしくない」と批判されながらも、実際には『ナッティ・ドレッド』が体現していた混成の精神を、別の仕方で引き継いでいる。

今日、レゲェを聴くということは、マーリーを讃えることでは終わらない。むしろ、彼が一度世界に開いてしまった回路を、もう一度ローカルに引き戻し、混ぜ直すことにある。カツカレーが何度でも再調理される料理であるように、レゲェもまた固定された完成形ではない。『ナッティ・ドレッド』は、そのための原点として、今もなお熱を保ち続けている。それは完成であると同時に、常に混成を促す結晶なのである。

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