カツカレーカルチャリズム画家列伝31 ~マッタ 編

アート

ロベルト・マッタ ― 宇宙的ごった煮カツカレー

ロベルト・マッタの作品は、まさにカツカレー的な「ごった煮」の極致である。画面の中では、チリという民族的ルーツから生まれる土着的なシンボル、ヨーロッパ超現実主義の哲学的・幻想的な世界観、さらには建築的思考や科学的想像力に裏打ちされた宇宙的抽象イメージまでが、互いにせめぎ合いながらも、奇妙に深い調和を生んでいる。形態は多層的に重なり、色彩は奔放に飛び散り、鑑賞者の視線はどの場所に落ちても“新しい文化的味覚”が立ちのぼるような密度を感じる。カツ、ルー、ライスがそれぞれ強烈な個性を保ちながらも、口の中ではひとつの世界として広がるあの瞬間に似て、マッタの画面も複数の文化的ベクトルが同時に立ち上がり、混ざりきらない豊かさを放つ。

しかしこの「過剰」は、単なる盛り合わせではない。マッタは過剰の中に、異なる文化や概念を“同時に味わう”構造そのものを組み込む。画面に入った瞬間、観者はいったん混沌に圧倒されるが、その余剰がすぐさま幸福感や発見へ転化する。トンカツの旨味、ルーのスパイス、ライスの清潔さ、そして福神漬けの鮮烈さ――これらがひとつの皿で交錯し、舌の上で新しい調和を生むように、マッタの絵も要素同士がぶつかりながら、最終的には意外な統一感を提示する。カツカレーカルチャリズムが求める「異質の幸福な同居」は、すでに彼の画面に具体的に成立している。

出典:Artpedia/ロベルト・マッタ

そして、マッタのごった煮性を真に際立たせるのは、彼の空間の“生成する感じ”である。マッタの絵を前にすると、物体的な形態と靄(雲)のような拡散が溶け合いながら、向こうからこちらへせり出してくるような独特の迫力がある。これは単なる描写ではなく、マッタの核心的な美学――「発生=出現(emergence)」の美学――から生まれる。固く骨格のように描かれた構造物や機械的ラインと、エアブラシ的な柔らかい拡散が同じ生成プロセスの中で現れ、固体/気体、前景/後景、物質/力といった対立が曖昧化する。その結果、我々は“まだ形になりきっていないものが、霧の奥から立ち上がる瞬間”を目の当たりにするのだ。

出典:Artpedia/ロベルト・マッタ

この効果には、彼が若い頃に建築家ル・コルビュジエのアトリエで身につけた構造的思考が深く関わっている。マッタの線は、抽象絵画の自由なタッチではなく、構造線・パース線・設計図の断面線のように機能し、絵画全体が巨大な“宇宙的ダイアグラム(diagram)”として立ち上がる。その上に靄状のぼかしがかぶさることで、線のグラフィック性と気体的空間が同時に存在し、80〜90年代の新具象やグラフィック・アートが後に獲得した“固体×霧×構造”の空間感を驚くほど先取りしている。あなたが感じた「グラフィックっぽさ」「向こうから出てくる感じ」は、この線と靄が同じレイヤーに存在する稀有な構造から生じるものだ。

マッタの靄は背景ではない。背景に色を置くというより、霧そのものが出来事の中心に位置し、固体と気体が混ざりながら、絵画空間そのものを生成していく。濃淡のついた雲が前方に張り出し、観者に迫ってくるため、空間が“後方へ退く”のではなく“こちらへ侵入してくる”。この侵入的な空間感が、観者の身体感覚と時間感覚を巻き込み、VRやゲーム的な没入感にも似た感覚装置として絵画を機能させる。

出典:Artpedia/ロベルト・マッタ

ここで再びカツカレーの比喩を使うなら、マッタの空間は“皿そのものが盛り付けを押し広げてくる”ような体験だと言える。ルーが表面で広がるだけでなく、湯気と香りがこちらへ立ち上がり、福神漬けの酸味がふっと前に出てくるように、マッタの形態や靄は前方へとせり出し、観る者を巻き込む。視覚が味覚のように多方向へ広がり、奥行きと前進が同時に起こる。この“混ざりきらない多層性”が、マッタの画面全体を、いわば宇宙規模のカレー皿にしている。

さらに、マッタはジャンルや技法の境界を軽々と超える。具象的な人物や器官のような形態、抽象的な宇宙の記号、心理的・哲学的概念の象徴、建築的骨格、気体的エネルギー場――これらが同じ画面で共存し、それぞれが固有の主張を保ちながらも奇妙な秩序を生む。「境界横断性」はマッタの本質であり、カツカレーカルチャリズムの理想形と言える。具象と抽象、固体と靄、科学と土着、哲学と遊び心――これらが互いの領域を侵し合いながら、新しい“味”を生み出す。

こうした混成性を踏まえると、マッタの作品は単に美術史上の過渡期に位置する画家ではなく、むしろ未来の絵画を先取りした存在であったことに気づく。彼が描いたのは、まだ形になりきらない世界が霧から立ち上がる瞬間であり、それは80〜90年代以降の絵画が追い求めた「浮遊する空間」「侵入するイメージ」「拡散と構造のハイブリッド」といった要素と直接響き合う。ピカビアの新鮮さに通じる、硬質なグラフィカル性と気体的な曖昧さの同居も、時代を飛び越えた要素だ。

結局のところ、マッタの世界は巨大な“視覚的食卓”として理解できる。ルーの流動性、トンカツの重量、ライスの白さ、スパイスの刺激――それぞれが強い自己主張を持ちながら、皿全体では濃密な統合感を形成する。マッタの画面もまた、多層性、過剰、異質性、境界横断性、没入性といった要素が噛み合い、観者に“総体としての味わい深さ”をもたらす。

マッタをカツカレーカルチャリズム的視点で見るなら、彼の作品は異質性の大胆な取り込み、境界を超える軽やかさ、そして没入を生む空間の過剰さが同居する壮大な宇宙的ごった煮である。混ぜ合わせの妙を極限まで引き上げ、文化・哲学・心理・科学が一皿で同時に温度を持つ。そこに見えるのは、シュルレアリスムと抽象表現主義の架け橋としての今日性であり、さらには現代のマルチレイヤー的文化感覚そのものを先取りする射程である。
まさに、宇宙規模のカツカレーを味わうような体験――それこそが、マッタという作家の核心なのだ。

出典:Artpedia/ロベルト・マッタ

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