カツカレーカルチャリズム 音楽編 プロローグ

音楽

18世紀、音楽はまだ清楚なご飯のようであった。ハイドンの交響曲やモーツァルトのオペラは、整然とした調理法と均整の取れた味わいを誇り、スパイスは最小限であった。ベートーヴェンが登場すると、味わいは少しずつ濃く、劇的になった。情熱と個性が音の層を押し広げ、旋律に揺らぎを与えたが、まだ素材は単一であり、混成というよりは「ご飯にほんの一片の香辛料」を添えた段階であった。産業革命、都市化、交通網の発展は人々の生活リズムを一変させ、音楽の流通と消費の形も変えた。印刷物やサロン、初期の録音媒体は異文化の旋律やリズムを運び、作曲家たちは単なる個人表現ではなく、社会的文脈の中で「どう響かせるか」を意識せざるを得なくなったのである。

19世紀後半、都市は音楽の市場となり、作曲家と聴衆の距離は縮まった。ワーグナーの『トリスタンとイゾルデ』では、神話と象徴の香りが計算されて漂い、宗教や伝統は装置のように用いられた。ブラームスは『ドイツ・レクイエム』において、形式の型を守りつつも民俗旋律やコラールを添え、宗教や伝統はあくまで「香り付け」として扱った。そしてこの後期ロマン派の味わいの中で、グスタフ・マーラーが登場する。マーラーはワーグナーとブラームス、ブルックナーやシュトラウスの動きを観察する世代として育ち、劇場指揮者としてオーケストラと聴衆、上層部の期待という現実に直面した。彼の交響曲は、この社会的・制度的文脈の観察を下敷きに、形式の型を守りつつも民俗旋律、宗教象徴、哲学的思索、余剰的管弦楽の層を大胆に重ねた、まさに「プレモダン最大のカツカレー」とも言える作品群である。都市化と国際交流の進展は異文化のリズムや旋律を作曲家の手元に運び、サロンや音楽雑誌、音楽院は単なる楽譜の配布に留まらず、聴衆の味覚を養う情報網となった。マーラーのように社会や制度を観察する視点を持つ作曲家にとって、この環境は「香辛料を試す実験室」であり、聴衆はその冒険的な味付けを受け止めるだけの成熟した舌を持っていたのである。

グスタフ・マーラー

20世紀に入ると、ストラヴィンスキーの『春の祭典』はロシア民俗リズムというベースにモダン和声の香りを重ね、オーケストレーションの厚みという余剰をたっぷり投入した。スクリャービンの『神聖なる詩』では、調性の壁を越え、色彩的な響きのソースが全体を覆う。ラヴェルの『ボレロ』はスペイン旋律とフランス印象主義の混合、ドビュッシーは調性や形式の制度を曖昧にし、印象的色彩を振りかける。ピアソラはアルゼンチンタンゴにクラシックとジャズを絡め、ひとつの巨大なスパイス鍋を生み出した。こうして後期ロマン派の具材が濃厚に煮込み、モダン期のスパイスが豊かに振りかけられたことで、カツカレーカルチャリズムの音楽は萌芽を迎える。宗教も民俗も形式も即興も、社会的・文化的文脈と結びつき、すべてが同じ皿に盛られる。マーラーの交響曲群は、この段階に至るまでの「プレモダン最大のカツカレー」として、聴衆に多層的な味わいの先例を示したのである。

カツカレーカルチャリズムは、単なる技巧やジャンル混合ではなく、作り手の創意と社会的環境、聴衆の成熟が一体となって醸成された文化現象である。後期ロマン派からモダン期にかけて、多彩な具材と香辛料が並び、マーラーはその頂点としてプレモダンの皿を満たした。次の作曲家たちは、すでに開かれたこの皿にさらにスパイスを加え、味わいを深め、カツカレー的音楽の世界を拡張していくのである。

イゴール・ストラヴィンスキー

20世紀初頭のモダン爆発は、一般的な音楽史ではストラヴィンスキーやシェーンベルクといった正統進化の軸として語られ、その革新性は理論的枠組みの刷新として理解される。しかしカツカレーカルチャリズムが照らし出したいのは、その周囲で静かに煮え、中心の論調には吸収されず、しかし確かに未来の音楽を培養していた「亜流」や「周縁」の作曲家たちである。彼らは巨大な理論体系に奉仕したわけでもなく、時代精神の正統なる代表者でもなく、むしろ曖昧で、過剰で、単線化された歴史からこぼれ落ちた存在だったが、その混合の実践こそが、後の文化的雑種性を特徴とする“カツカレー的音楽観”にとって決定的な栄養源となった。サティはその最たる例で、ストラヴィンスキー的な爆発の影にひっそり佇みながら、過剰な構築からもロマン的感情からも離れ、薄味とも言える簡素な和声と時間の停滞から、現代のミニマルやアンビエントに続く“別の前衛”を準備した。彼は主流に敵対したのではなく、主流そのものに関心がなかったかのように、別系統の進化を発酵させたのである。アイヴズはさらに極端で、職業作曲家の世界の外側で暮らしながら、賛美歌、行進曲、街頭騒音といった文化的に異質な層を強引に並置した。主流の語彙から見れば未整理で不器用に見えるその混成は、しかし今日的な「編集文化」の感覚にもっとも近く、カツカレー的混合の“粗いが誠実な前史”を体現している。近代音楽の公式な語り口が見落としてきたのは、こうした周縁の作曲家たちが、構造の刷新よりも「異なる文化的レイヤーの併存」そのものを作品に持ち込んだという事実である。

メキシコのレブエルタスは、ヨーロッパの前衛技法を模倣するのではなく、先住民のリズムや祝祭の身体性を、そのまま自国語として作品の中心に据えた。彼にとって“民俗”は装飾ではなく、音楽の身体感覚そのものであり、主流の前衛が求めた抽象化よりも、具体的な文化の熱を優先していた。同様に東欧の作曲家たちは、バルトークを中心としながらも、地域固有の音階や発声を、近代和声と衝突させるのではなく、自然に共存させる形で扱った。ここには“ヨーロッパ中心の正統モダン”とは異なる、地域的文脈が自らの論理でモダン化するもうひとつの爆発があった。アフロ・カリブ圏の音楽に至っては、クラシック外として扱われがちだが、斬新なポリリズムと身体性をもって20世紀のリズム概念を根底から揺さぶり、ジャズや現代音楽を経由して世界の音楽感覚を変えていく。これらは周縁ではなく、ただ“中心の語りが彼らを周縁化してきただけ”だった。

シルベストレ・レブエルタス

こうした作曲家たちに共通するのは、混成が単なる実験ではなく、生きた文化の必然性として存在する点である。彼らは主流の制度や音楽院の体系から距離を置くことで、かえって自由に複数の文化レイヤーを扱い、正統的前衛が理論的均衡を求めたのとは別種の“雑種の美学”を育てた。彼らの作品には、異質なものを異質なまま横に置く姿勢があり、その未統合のざらつき、粗さ、時に不恰好とも言える混合こそが、カツカレーカルチャリズムの根にある「混ぜ方の自由」を先取りしている。振り返れば、20世紀初頭のモダン爆発とは、決して単線的な革新の物語ではなく、中心の理論的刷新と同時に、周縁が勝手に、しかし確かに発酵させていた“もうひとつの道”の存在によって成り立っていた。後にポップスやジャズ、映画音楽、電子音響まで広がっていく多文化的な混合の美学は、この周縁的モダンの雑多さにこそ発芽していたのである。正統派の爆発が形式を刷新したのだとすれば、亜流の爆発は文化の混ざり方そのものを刷新した。カツカレーカルチャリズムが再発見しようとするのは、まさにこの後者の系譜であり、中心の歴史では語りきれない、多層で曖昧で余剰に満ちた「混じりあいの記憶」なのである。

あーとむーす画 アクリル B3

コメント

タイトルとURLをコピーしました