北川民次 教育・労働・地域をめぐる絵画的秩序
メキシコという土地が日本の画家に与えた影響を考えるとき、それは単に様式や色彩の問題というよりも、世界の組み立て方そのものに関わる出来事として見えてくる。二十世紀前半以降、多くの芸術家にとってメキシコは、ヨーロッパ的近代の枠組みを外側から捉え直す契機となった場所だった。神話、民衆、労働、宗教、祝祭、暴力、そして共同体。そうした要素が日常と地続きで存在する環境は、近代絵画が前提としてきた個人中心の視座を揺さぶり、絵画が社会や地域とどのように関わり得るかを問い直す場となった。
その中で日本の作家に開かれた方向は、大きく二つあったように思われる。一つは、共同体や労働の倫理に向かう方向であり、もう一つは個人的な宇宙の秩序を確かめる方向である。前者の代表的な例としてしばしば言及されるのが、メキシコで長く活動した北川民次である。彼の仕事を通して見えてくるのは、異文化を並置する感覚というより、異なる価値体系を一つの生き方として統合しようとする姿勢である。

北川がメキシコで接した壁画運動や民衆的造形は、単なる造形上の刺激ではなかった。そこには、絵画が共同体の記憶や倫理と結びつく可能性があった。労働する身体、歴史を共有する人々、地域に根差した生活。彼の描く人物像は、個人の内面を深く掘り下げるというより、共同体の中に位置づけられた存在として現れる。輪郭は明瞭で、色彩は土着的であり、形態は素朴に見える。しかしその素朴さは技術的な未熟さではなく、むしろ選択されたものである。画面は複雑な心理描写を避け、共同体の中で生きる身体を肯定的に提示する。そこには倫理的な重心がある。
この倫理的重心は、彼の様式的特徴以上に、制作の位置取りそのものに関わっている。北川の仕事は、個人の表現が突出することで成立するというより、制作が社会や教育の中でどのような距離を取り得るかを持続的に問い続ける点にある。美術団体の運営、地域社会との関係、教育現場との往還。彼の実践は、作品単体の異常性よりも、作家が社会の中でどのように存在し得るかという問題に重心を置いていた。近代以降の日本美術がしばしば個人作家の独自性を軸に評価されてきたことを思えば、この位置取りはむしろ例外的である。彼のラディカルさは造形の過激さではなく、制作を共同体の倫理へ接続し続けた持続性の側にあった。
この点で北川は、同時代のメキシコ壁画家、たとえばディエゴ・リベラの影響を強く受けている。リベラの壁画がそうであったように、絵画は公共的な場に開かれ、歴史や労働を可視化する装置となる。だが北川の場合、それは国家的プロジェクトとしてではなく、より小規模な教育や地域活動の中で実践された。帰国後の彼の活動は、作品制作と教育活動が密接に結びついている。学校や地域社会に関わりながら制作を続けるその姿は、作家というより教育者に近い側面も持っていた。ここに見えるのは、作品が突出するのではなく、作家の位置そのものが社会の中に設計されていく過程である。

ここで重要なのは、彼がメキシコから持ち帰ったものが、単なる異国趣味や視覚的モチーフではなく、制作と社会の距離の取り方そのものだったという点である。異なる文化や価値観を同時に抱え込み、それらを矛盾としてではなく、倫理的に接続しようとする姿勢。これは、現代的な意味での「混在」とは少し違う。異なる要素が並置されたまま保たれるのではなく、共同体的な価値観の中で一つにまとめられていく。北川にとってメキシコと日本は、対立するものではなく、接続され得るものだった。
しかし、この統合志向は、同じメキシコという場から生まれたもう一つの方向と対照的でもある。メキシコは同時に、個人的な神話や私的宇宙を確認する場でもあった。神話や民俗が日常と隣り合う環境は、共同体的倫理へと向かうだけでなく、個人の内部に存在する世界を強く意識させる契機ともなった。そこでは、外部の価値体系に従うのではなく、自分自身の内部にある秩序をどのように構築し、どのように外部へ提示するかが問題となる。この方向は、のちに岡本太郎の仕事において、生命的エネルギーや神話的時間の爆発として展開されることになる。北川が制作と社会の距離を設計することで持続的な位置を築いたのに対し、岡本は距離そのものを破裂させることで個人的宇宙を前面化させた。両者は対照的でありながら、いずれもメキシコという場を触媒として、日本近代美術の閉じた空間を外へ開いた例として並べて考えることができる。
北川の仕事は、この二つの方向のうち、明らかに前者に属している。彼の画面に現れるのは、個人的幻想というより、共同体の中で共有される価値である。人物は孤立した存在ではなく、歴史や労働の連続の中に置かれる。だからこそ彼の作品は、教育的文脈と強く結びつく。制作態度や生き方そのものが、教育の素材として機能する。地域に関わり、社会と接続し、倫理的な価値を共有する。その姿勢は、現代においてもなお参照可能なものとして立ち上がる。

一方で、この統合志向をそのまま現代の制作環境に当てはめることは難しい。現在の制作は、共同体的価値を前提とするよりも、複数の価値が並置された状態から出発することが多い。個人が自室で構築した世界が、そのまま外部へ提示される状況も珍しくない。そこでは、異なる層を一つにまとめることよりも、互いに干渉しながら共存させることが重要になる。この感覚を説明するための比喩として考えられてきたのが、カツカレーカルチャリズムである。
カツカレーカルチャリズムは、異なる文化的要素が一つの皿に同居する状態を指すが、その核心は単なる混合ではなく、並置されたまま保たれる関係性にある。カレーとカツは互いに溶け合うわけではなく、それぞれの輪郭を保ちながら同じ皿に存在する。この比喩を制作や文化の状況に当てはめると、個人的宇宙、社会的制度、教育、倫理、ポップカルチャーなど、異なる層が同時に存在する状態を考えることができる。
ここで北川をこの枠組みに入れると、少し意外な位置が見えてくる。彼は並置型の作家ではない。むしろ統合型であり、異なる要素を一つにまとめようとする。しかし、だからといってこの皿の外にあるわけではない。むしろ、並置を前提とする皿の中に、統合を志向する要素が含まれていると考える方が自然である。教育や道徳、共同体的価値観といった層は、現代の美術言説ではしばしば周辺に置かれてきたが、実際の制作や社会との関係を考えると無視できない。北川の仕事は、その層を可視化する例として機能する。

彼をこの文脈で捉えるとき、それは混在を祝福する作家としてではなく、倫理的統合を担う要素として位置づけられる。個人的宇宙や象徴的イメージが並置される皿の上に、教育や共同体の価値が置かれる。そのとき、統合志向は並置と対立するのではなく、並置を支える一つの層として働く。すべてが並列であるだけでは、概念は散漫になりやすい。統合を志向する例が存在することで、並置の意味が逆に際立つ。
北川の仕事をこうした位置に置くことで、メキシコという場が日本の作家に与えた影響も、より立体的に見えてくる。共同体的倫理へ向かう方向と、個人的宇宙の秩序へ向かう方向。その二つは互いに排他的ではなく、同時に存在し得る。北川は前者の極めて明確な例であり、その存在を参照することで、後者の位置もまた浮かび上がる。教育や道徳といった要素を含めた広い意味での文化的混在を考えるとき、彼は単なる歴史的事例ではなく、現在の制作環境を考えるための一つの軸となる。
こうして見ると、メキシコという土地は、日本の作家に対して単一の方向を示したのではなく、複数の可能性を開いた場だったと言える。その一つが北川のような統合志向の倫理的制作であり、もう一つが個人的秩序の構築へと向かう制作である。両者を同じ皿の上に置いて考えるとき、文化や制作の状況は単純な二項対立ではなく、複数の層が重なり合う場として見えてくる。並置と統合、個人と共同体、宇宙と地域。そうした異なる秩序が同時に存在する状況を考えるための比喩として、カツカレーカルチャリズムは機能する。そしてそこに教育や道徳の層を含めることで、この比喩は単なる混在の説明を超え、持続可能な制作環境を考えるための装置となる。北川民次という例は、そのための具体的な手がかりとして、静かに効き続けているのである。



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