コラム16:描いてしまうことのために ― 完成以前の時間とアートの倫理

アート

作品になる前の時間 ― 描いてしまう行為の肯定

人が絵を描く最初の動機は、表現でも評価でもないことが多い。ただ手を動かしてしまうこと、描かずにはいられない時間がそこにあるだけだ。子どもが遊びの延長として線を引き、社会から一時的に距離を置かざるをえない誰かが、家の中でイラストを描き続ける。その行為は作品になる以前に、生活の一部であり、かろうじて自分を保つための営みでもある。

ある小学生の子どもは、毎日同じノートに、意味のない線を引き続けていた。怪物のようにも見えるし、ただの渦巻きにも見えるその線は、誰かに見せるためのものではなく、完成することもなかった。大人が「何を描いているの?」と尋ねると、本人は少し困った顔をして「別に」と答える。その「別に」の時間こそが、評価や目的から自由な、描くことの原初的な居場所だった。

近代アート史が切り捨ててきたもの ― 前衛・批評・選別装置

近代以降のアート史は、創造性を解放した物語として語られることが多いが、その裏側には常に選別と排除の装置があった。前衛であること、批評に耐えること、歴史的必然性を帯びること。そうした条件を満たさない無数の描画や制作の時間は、アートの外部へと静かに押し出されてきた。

あるアウトサイダー・アーティストの作品が美術館で紹介されたとき、展示解説にはその特異な造形や独自性が強調されたが、制作が行われていた日常の環境や、描くことが本人にとってどのような意味を持っていたかは、ほとんど触れられなかった。作品は救い上げられたが、生活としての制作は切り離された。その瞬間、描く行為は歴史に組み込まれ、生活としての必然性は同時に失われた。

態度芸から完成度信仰へ ―  90年代以後の変質

身振りそのものが作品になるという発想は、ナウマン以後、アートに大きな自由をもたらした。制作物の有無ではなく、文脈に対する態度や距離の取り方が意味を持つ。その転換は、表現を制度から解放すると同時に、作品の成立条件を根底から揺るがした。しかしこの自由は、やがて別の形で制度化されていく。態度は反復可能な形式となり、予測可能な「型」として流通しはじめた。

1990年代の関係性の実践や態度芸(パフォーマンス等)は、当初は強い即効性を持っていた。観客は戸惑い、驚き、参加することで、自らの立場を問い直すことになった。しかしその効果は、制度が学習するにつれて急速に薄れていく。何が起こるかがあらかじめ理解され、態度は「正解の振る舞い」へと変わる。ここで態度は、文脈をずらす力を失い、文脈を円滑に進行させる潤滑油のような役割を担うようになる。

この空洞化の過程と並行して、別の価値が前景化する。それが「完成度」である。ジェフ・クーンズに象徴されるような、徹底的に磨かれた表面、高度な技術管理、即時的な理解可能性は、態度や批評に代わる説得力を持った。そこでは問いは投げかけられず、作品はただ強く存在する。批評が介入する余地は限られ、意味は観客の反射や市場の評価に委ねられる。

重要なのは、この変質が単なる堕落や退行ではないという点である。態度が効かなくなり、批評が相対化された環境において、完成度は一つの合理的な応答だった。作品は再び「もの」として自立し、移動し、保存される。その一方で、制作の時間や行為の脆さは、いよいよ不可視なものになっていった。完成度の裏側で、描いてしまうという営みは、ますます評価と距離を置く場所へと押しやられていく。

アート史を『資材置き場』として使う ― 分解と再配置

それでもアート史は、否定されるべき重荷ではなく、使い直されるべき資材の集積でもある。進歩や正統性の物語をいったん解体し、遊戯性、反復、未完成、失敗といった断片を拾い上げるとき、アート史は別の形で現在に接続しはじめる。ここで重要なのは正しさではなく、いまの状況にとっての手触りである。

美術教育の現場で、ある教師はクレーの作品を「模範」としてではなく、「失敗してもいい線の例」として紹介した。子どもたちは完成形を真似るのではなく、線が迷ったり、途切れたりする部分に注目し始める。正典としてのクレーではなく、制作を続けるためのヒントとしてのクレー。そのときアート史は、権威ではなく、使い直される素材として立ち上がった。

ケアとしてのアート環境 ― 保証されるべき『続ける場所』

アートをケア倫理の視点から捉え直すとき、最初に変わるのは問いの向きである。「これは良い作品か」「評価に値するか」という問いは後景に退き、「この行為は続けられているか」「この人は傷つかずにいられるか」が前に出てくる。ここで問題になるのは表現の質ではなく、環境の条件である。

描くことがケアとして機能するためには、いくつかの否定的条件が必要になる。評価されすぎないこと、競争にさらされないこと、成果を急がれないこと。これらは一見すると消極的に見えるが、実際には関係性を壊さないためのきわめて積極的な設計である。描いても描かなくてもよい、上達してもしなくてもよいという余白があってはじめて、制作は自己維持の営みとして根づく。

この視点から見ると、アートはもはや特別な才能の表出ではない。それは、人が社会と距離を取り直すための仮設的な場所であり、言葉にならない時間を抱え込むための容器である。完成した作品がなくても、展示がなくても、描いていた時間そのものが意味を持つ。ここでは「やめなかった」という事実が、最大の成果となる。

こうした環境は、教育や福祉の領域に限られたものではない。本来、アート全体が内包してきた可能性でもある。ただ近代以降、その可能性は評価と歴史の物語の中で後景化してきた。いま必要なのは、アートを再び「選ばれるもの」ではなく、「続けられるもの」として設計し直すことである。

描いてしまう人が、壊れずに済む場所をどう確保するか。その問いに答えることは、アートの未来を語ることと同義ではないかもしれない。しかし少なくとも、アートがこれ以上、誰かを消耗させる装置にならないための、最低限の倫理的条件を示すことにはなる。その条件のもとで初めて、作品も、歴史も、批評も、別の姿で立ち上がりうる。

アートを終わらせないために

本稿で辿ってきたのは、新しい様式や次の運動を提示するための歴史ではない。むしろ、アートがこれまで何度も更新してきた「強さ」の物語から一度距離を取り、そこでこぼれ落ちてきた弱い営みを拾い上げる試みだった。態度が空洞化し、完成度が飽和し、批評が効きにくくなった現在、アートは変質したというより、過度に最適化されてしまったのかもしれない。

そのとき、アートに残された可能性は、「勝つこと」や「残ること」ではなく、「壊れずに続くこと」にある。描いてしまう人、作らずにはいられない人が、評価や成果に回収される前の場所で、呼吸できる余地を社会がどれだけ用意できるか。そこにこそ、これからのアートの倫理的な基盤があるように思われる。

アート史を分解し、引用し、並べ替えるという行為は、過去を軽視することではない。それはむしろ、正典として固定された歴史を、再び可動性のある資材へと戻す作業である。子どもの遊戯に近い描画も、失敗を含んだ反復も、完成しなかった企てさえも、そこでは同じ地平に置かれる。どれが偉大だったかではなく、どれが人を支えてきたかが問われる。

アートは、世界を変える力を失ったのかもしれない。しかし、誰かが世界から落ち切らないための支えになる可能性までは、失っていない。その小さな効力を引き受けること ― それは控えめで、即効性もなく、市場的な成功とも無縁だろう。それでもなお、描いてしまうという行為が今日まで絶えず続いてきた理由は、そこにしか見出せない。

アートを救う必要はない。ただ、アートが人を追い詰める装置にならないよう、設計を少しだけ変える。そのために歴史を読み替え、制度を緩め、完成を急がない。その態度自体が、すでに一つのアート的実践なのではないだろうか。

あーとむーす 画 アクリル B4

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